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〈東急ハンズ銀座・サヴィニャック展〉ウィットあふれるポスターから学ぶ、広告作法。

〈東急ハンズ銀座・サヴィニャック展〉ウィットあふれるポスターから学ぶ、広告作法。

高瀬 文人

フリーランスのライター/編集者/書籍プロデューサー。 月刊総合誌や『東京人』などに事件からまちの話題、マニアックなテーマまで記事を発表。生命保険会社PR誌の企画制作や単行本の編集も行う。著書に鉄道と地方の再生に生きる鉄道マンの半生を描いたヒューマンドキュメント『鉄道技術者 白井昭』(平凡社、第38回交通図書賞奨励賞)、ボランティアで行っているアドバイスの経験から生まれた『1点差で勝ち抜く就活術』(坂田二郎との共著、平凡社新書)、『ひと目でわかる六法入門』(三省堂編修所、三省堂)の企画・制作。

当ブログ「高瀬文人の「精密な空論」」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/bunjin/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


私の仕事のひとつに、ある生命保険会社の法人顧客向けPR誌の制作がある。
企画から取材から表紙をはじめとする写真まで。イラストとレイアウト以外、実は私が全て担当しており、さまざまな広告表現を試している。そこで広告に関して考えた話を少し書いてみたい。

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 サヴィニャックって、いま、どのくらいの人が知ってるのだろうか。
ボールペンの替芯を買いたいと検索していて、銀座・マロニエゲート7Fの東急ハンズで小さな展覧会が行われていることをたまたま知り、覗いてきた。

展示されているポスターは購入もできる。
(写真は許可を得て撮影しています)
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サヴィニャックは、戦後のフランスに鮮烈なデビューを果たし、商業芸術の一世を風靡したポスター作家だ。それまでのポスターが、たとえば1930年代を風靡した、サヴィニャックの師であるカッサンドラのように、訴えかけるテーマである力強さや速さという要素を抜き出して幾何学的デザインで強調するポスターであるのに対して、サヴィニャックは全く違う方向へ進んだ。

・絵画的、平面的、暖かみがある絵。
・おいしい、速い、安心などの訴えたい要素を、はっきりと表現。
・エスプリを効かせた大胆な絵。

 ことにサヴィニャックをメジャーにしたのは、最後のエスプリの要素だ。ハムの広告では、ブタの胴体の後ろ半分がハムになって切られていたり、ブイヨンの広告では、牛が風呂にでもつかっているように、気持ちよさそうに鍋で煮られている姿を大胆に描く。見方や文化によっては広告表現としてタブーに見えるが、とぼけた筆致がそれを薄めている。
 もともとフランス人はこうした「毒」のある広告を受け入れる素地があるようで、かつて筆者がパリで見た韓国車のコマーシャルもすごかった。海上をヘリコプターに吊られて新車が運ばれてくる。岬で待ち受ける人々。もちろん、欧州車の牙城への自動車新興国からの殴り込みのメタファーである。ところが次の瞬間、待ち受ける人々の困惑の表情がアップになる。最後のカットで、新車のライト部分が潰れているのが映り、ヘリコプターが操縦を誤ったのがわかる。人々がへこんでいる部分を隠すように立ち、「さあ、新車のお目見えです!」。

左から、サヴィニャックの出世作となった「牛乳石鹸」、エールフランス、そして森永ミルクチョコレート。「としまえん7つのプール」を手がけた90年代に日本で一度ブームになった。
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 しかし、「面白い」だけがサヴィニャックの持ち味ではない。
 そこには、はっきりとした「伝える」ための戦略があった。

・ぱっと目を引くインパクトがある。
・頭の中でちょっと考えさせ、クスリとさせる。
・それでいて、やり過ぎない。全体を理解して、すぐ離れることができる。

 街頭のポスターは一瞬のうちに人をとらえなければならない。
 同時に、一瞬のうちに理解させ、人の記憶に定着するものでなければならない。
 サヴィニャックのポスター作法は、それにとても忠実にできている。

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 最近の日本の広告はどうだろうか。
 広告自体を論じるメディアが減ってしまい、マンガ的な面白さや昔の作品の引用など、目先の面白さを求めすぎているような気がする。そのことを、もっと考える必要があるのではないか。サヴィニャックの、「モダンであり、モダンでない。マンガであり、マンガでない。シュールであり、シュールでない」。飛躍と抑制の同居。それが、人の心を動かしている。


気持ちよさそうにブイヨン鍋で煮られる牛。ブイヨンを作る過程がフィルムのコマに示されている。実は、東急ハンズ銀座店のウェブページで見たこのポスターに惹かれて、この展覧会を見に行ったのだ。ポスターを作ったのは、絵本作家でもあるちよやあいみさん。

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