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書評:『カールシュタイン城夜話』

書評:『カールシュタイン城夜話』

出口 治明

ライフネット生命保険 代表取締役会長兼CEO。1948年三重県生まれ。京都大学を卒業。1972年に日本生命に入社、2006年にネットライフ企画株式会社設立。2008年に生命保険業免許を取得、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。

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カールシュタイン城夜話

フランティシェク・クプカ(), Frantisek Kubka (原著), 山口 巖 (翻訳)

よくあることではあるが、先日は、この本のせいで、地下鉄を2駅、乗り過ごしてしまった。カバーも雅趣に富むが、中身はもっと雅趣に富む。1371年、時のローマ帝国ルクセンブルグ家のカレル4世が、首都プラハで毒(?)をもられ、郊外のカールシュタイン城で、静養することになった。同行した古くからの臣下3名が、皇帝の無聊を慰めるため、1週間連続して、毎夜3編ずつ、21編の物語を話して聞かせることになった。アラビアンナイト(千夜一夜物語)やデカメロンのように(やがて、興じた皇帝も、自ら話し手に加わることになるのだが)。老境にさしかかった男4名が話すことは、何か。それは、女性の話を置いて、他にはない。そう、ここで語られた数奇な21編の物語は、すべて夫々に魅力的な女性が主人公となって織り成す「おとぎ話」なのだ。それが、おもしろくない訳がないではないか。

この古代のクロニカルのような物語は、しかし、書かれたのが1943年であったという。第2次世界大戦の真っ最中である。そして、作者の母国、チェコは、ナチス・ドイツの占領下にあった。一見、デカメロンのような艶笑譚の形を取りながら、作者が朗々と謳い上げたのは、チェコの大地の豊かさであり、その美しさであり、カレル4世に象徴されるチェコの人々の高貴な魂の気高さである。そう、これは紛れもなく、レジスタンスの文学なのだ。収容所に入れられたチェコの人々が、この物語をむさぼり読んだというのも、宜なるかなである。

なお、クプカの作品は、これが本邦初訳だという。チェコの文学については疎くて、カフカ、チャペック、クンデラ以外はこれまで読んだことがなかったが、本書を読んで、チェコ文学の豊饒さに、改めて眼を見開かされる思いがした。さっそく、ミハル・アイヴァスの「もうひとつの街」を読んでみたが、これまた毒がたっぷりで、痺れてしまった。本書は、「スキタイの騎士(1941)」「プラハ夜想曲(1943)」に次ぐ、歴史物語三部作の最後の作品だということである。残る2作も、早く読んでみたいものだ。翻訳が待たれてならない。