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書評:『徳の政治 (小説フランス革命 11)』

書評:『徳の政治 (小説フランス革命 11)』

出口 治明

ライフネット生命保険 代表取締役会長兼CEO。1948年三重県生まれ。京都大学を卒業。1972年に日本生命に入社、2006年にネットライフ企画株式会社設立。2008年に生命保険業免許を取得、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。

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第17回_徳の政治.png
佐藤 賢一 (著)

私たちは、日常、何気なく、右派や左派といった言葉を使っているが、これらの言葉が、実は、フランス革命に淵源をもっていることを知る人は少ない。フランス革命当初の憲法制定国民議会で、旧体制(アンシャン・レジーム、ブルボン王朝)の維持を支持する勢力が、議長席から見て右側の席を占めたという事実に由来するのである。フランス革命は、「自由、平等、友愛」のスローガンで知られているが、国民国家の確立、民法やメートル法等、近代国家に与えたその影響力は、はかり知れないほど大きい。

個人的な推測だが、恐らくは、塩野七生の「ローマ人の物語」を意識して、このフランス革命の全貌を描ききろうとした力作が、「小説すばる」に連載を重ねてきた佐藤賢一の小説フランス革命全12巻である。徳の政治はその11巻であるが、戦友でもあったエベールやデムーラン、ダントンがギロチンで処刑され、辣腕を振るうサン・ジュストに補佐されてロベスピエールの独裁が、最終的に確立する本巻が、恐らく白眉であろう。断頭台に送られる道中でのデムーランとダントンの対話には、人生や政治について本当に色々なことを考えさせられた。佐藤賢一の、いつもの口語体を駆使した特徴のある文体が、政治権力の非情さと政治リーダーの孤独さを、実に巧みに浮かび上がらせる。

最後の巻(9月刊行予定)を残して、これまで、発刊される都度、全11巻を読み継いできたが、フランス革命の喧騒が、まるで大河ドラマや連続テレビ小説を見るように、目前に現出する。人は、食べて愛して子どもを作り、議論して戦って、そして死んでいく。この混沌の中から、近代国家を領導する、さまざまな制度が生まれ、やがて、古い慣習から解き放たれた市民の膨大なエネルギーは、ナポレオンという1人の天才の下に集約され、全ヨーロッパ、全世界に向けて、革命精神が輸出されていくことになるのだ。因みに、本巻で初めてナポレオンも(ちらっと名前だけではあるが)登場する。お盆休みに、じっくり長編に取り組みたい向きには、ぜひ一読をおすすめしたい。