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書評:『第五の権力---Googleには見えている未来』
ライフネット生命会長兼CEO 出口治明の「旅と書評」
書評:『第五の権力---Googleには見えている未来』
ライフネット生命保険 代表取締役会長兼CEO。1948年三重県生まれ。京都大学を卒業。1972年に日本生命に入社、2006年にネットライフ企画株式会社設立。2008年に生命保険業免許を取得、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。
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『第五の権力---Googleには見えている未来』
エリック・シュミット(著)、ジャレッド・コーエン(著)、櫻井 祐子(翻訳)
グーグルほどに興味をそそる企業は他にない。僕は、Gmailの大の愛好者だ。そのグーグルの総師シュミットが、初めて本を書いたという。これはもう読むしか他にないではないか。本書は7章から成っている。「未来の私たち」「アイデンティティ、報道、プライバシーの未来」「国家の未来」「革命の未来」「テロリズムの未来」「紛争と戦争の未来」「復興の未来」。では、グーグルには見えている未来の姿を眺めてみるとしよう。
読み終えた最初の感想は、「極めて穏当で常識的な結論(未来)だな」というものだった。目からウロコがドサッと落ちた、といった破天荒な箇所は、実はほとんどないように思われる。シュミットが描く未来は、あくまでも現在の延長線、連続線上にある。報道機関の未来を論じた部分などは、その典型であり、目新しいものがない。数字・ファクト・ロジックで現在を延伸していけば、結論は自ずとこの辺りに落ち着かざるを得ないのではないか。一言で言えば、本書には意外性がないのだ。しかし、次に浮かんできた感想は、それにも関わらず、著者2人の知的能力の高さに対する感嘆、尊敬の念である。未来の世界の全体像(市民、国家、世界)を、ここまで「整合的かつ論理的に構想する能力」は、並大抵のものではない。しかも、この2人には、構想力の高さに加えて、世界のどこへでも直ちに駆けつける行動力も備わっているのだ(2人は1年で約30ヶ国に旅した)。わが国の経営者の中で、このレベルの書物を書くことができる人が、果たして何人いるだろうか。彼我の経営者の知的能力の格差に慄然とした思いを禁じ得ないものがある。これからの未来を考える上で、本書は、例えば「2052」と同様の意味で、間違いなく思考の1つのベース、1つのプラットフォームとなるだろう。
意外性はないものの、本書には、例えば以下のようなコロンブスの卵が目白押しである。「コネクティビティ(ネットワークへの接続性)がますます手軽になり、地球上の大多数の人(80億人)は、2つの世界(仮想世界と現実世界)で同時に暮らし、働き、統治を受けるようになる」。これが前提(スタート台)である。「性教育よりもプライバシーとセキュリティの教育が大切だ」「政府がフィルタリングなどによってインターネットを規制すれば、インターネットに国境が生まれる(インターネットのバルカン化)」「アラブの春はもう起こらない。なぜなら、リーダーは大衆のソーシャルコミュニティからは生まれないからだ」「未来のテロ集団の優劣を分けるのは、『強い意志』ではなく、技術を使いこなす『高い能力』」「元戦闘員には、銃を手放すインセンティブとして、スマートフォンを与える」。そして、最後にこの楽観的な結論がくる。「人々にアクセスを与えたら、あとは彼らに任せよう。ほかに何が必要なのか、何を開発すべきなのかを彼らはすでに知っていて、どんな貧弱なツールを使ってでも、イノベーションを起こす方法を見つけ出すだろう」。恐らく、ほとんどは、その通りなのだろう。なお、第5の権力とは、立法・司法・行政、それに20世紀型の報道機関(第4の権力)に加え、オンラインでつながることで80億人全員が新しい権力(第5の権力)を握るかもしれない、という意味である。
ところで、そもそも人間の興味が向かう分野は、大別して2つあるのではないか。1つは人間の内面そのものであり、その人間がつくる社会の原理原則的な在り方である。例えば「社会心理学講義」のように。そして、もう1つが、本書にも描かれたような技術進歩、テクノロジーである。本書を読み終えて、ふとシュミット氏と小坂井敏晶氏が「未来の世界」をテーマに対談したら、どのような展開になるだろうか、と、想像力が掻き立てられた。