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書評:『ヨーロッパは中世に誕生したのか?』

書評:『ヨーロッパは中世に誕生したのか?』

出口 治明

ライフネット生命保険 代表取締役会長兼CEO。1948年三重県生まれ。京都大学を卒業。1972年に日本生命に入社、2006年にネットライフ企画株式会社設立。2008年に生命保険業免許を取得、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。

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第95回.jpgヨーロッパは中世に誕生したのか?』 
ジャック・ル=ゴフ(著)

 人間は、「パウロの回心」のように、何か画期的な出来事があって初めて次のステージへ進めるという思考に囚われ易い。「起業を目指したそもそものきっかけは何か」などの質問や「ヨーロッパでは、西ローマ帝国が滅びて暗黒の中世が始まり、輝かしいルネッサンスが起こって近代が始まる」といった思考がその典型だろう。アナール派の重鎮である著者は、歴史を、不連続(断絶、画期)ではなく緩やかな連続線で捉えようと試みる。即ち、現代のヨーロッパの社会や心性の萌芽が、4世紀から15世紀に至る長い中世の多様性の中に見出せるという。ヨーロッパの下絵は中世に書かれたのだと。

 先ず、先史時代から。「ヨーロッパ人は勇敢だが、好戦的で、喧嘩っぱやいのに対して、アジア人は思慮深く、教養はあっても平和を好み、無気力でさえある」(ヒポクラテス)。4世紀から8世紀は民族の大移動に翻弄されたヨーロッパがキリスト教化される時代。次いでヨーロッパ最初の書体(カロリング小文字)を産んだシャルルマーニュの帝国(「流産したヨーロッパ-8世紀から10世紀」とは言い得て妙だ)、紀元千年のオットーの帝国と続き、教会の建築ラッシュに沸く(「建物がよければ、すべてよし」)11世紀から12世紀の封建制ヨーロッパの時代がくる。マリア信仰、それと裏腹に迫害のヨーロッパ(異端、ユダヤ人など)や十字軍(キリスト教の戦争への転向)が誕生した時代でもあった。騎士道とクルトワジー(正しい作法)も、この時代の産物である。

 13世紀は都市と大学が成功する黄金期、(ロマネスクとルネッサンスに挟まれたイタリアを除いて)ゴシックの教会が聳え立つ。一転して14世紀のペストによる死の舞踏、そして15世紀にかけて中世の秋、あるいは新時代の春?(?が、いかにもルネサンスをそれほど高くは評価しない著者らしい)がくる。15世紀半ばには大砲が登場する。ユダヤ人の追放と魔女の迫害、農民反乱も。最後はコロン(コロンブス)による新大陸への到達。「15世紀の中国は、世界でもっとも力をもち、もっとも豊かで、あらゆる分野においてもっとも進んだ国である。しかし以後は自身のうちに閉じこもり、衰弱し、東洋を含む世界の支配をヨーロッパ人に明け渡すようになる」「強大なオスマン帝国が建設され、イスラム教がアフリカやアジアに普及したにもかかわらず、トルコを除くイスラム世界は中世期の活力を失っている」。ヨーロッパの時代の足音が聞こえてくるようだ。「人間がたしかに所有しているもの、財産、体、時間(経済的価値、文化的・実存的価値)」(アルベルティ)。

 なお、著者は語彙を厳密に用いている。何故なら「歴史家は、存在を名と結びつけて考えるからである」。やや物足りない点を挙げれば、例えば「ムハンマドなくしてシャルルマーニュなし」(ピレンヌ・テーゼ)や「オスマン朝と対峙したポーランド・リトアニアの強国化によってユーラシア街道に障壁が築かれて遊牧民の侵入が止まりヨーロッパが成立した」(佐藤彰一)などといった外部世界との関わりについての分析が少ないことであろう。

 本書は、共通文化領域を創り出す試みを掲げる欧州5か国(英独仏西伊)の共同出版「ヨーロッパをつくる」歴史叢書の1冊であるという。このような試みが東アジアで実を結ぶのはいつのことだろう。その意味で『「日中歴史共同研究」報告書』全2巻(勉誠出版)が、昨秋刊行されたことの意味は決して小さくはないと考える。歴史に興味を持つ向きは、ぜひ、こちらにも目を通してほしいものだ。