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書評:『フランソワ一世』

書評:『フランソワ一世』

出口 治明

ライフネット生命保険 代表取締役会長兼CEO。1948年三重県生まれ。京都大学を卒業。1972年に日本生命に入社、2006年にネットライフ企画株式会社設立。2008年に生命保険業免許を取得、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。

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第97回.jpgフランソワ一世』 
ルネ ゲルダン(著)

大航海時代(もっとも鄭和艦隊に比べれば小航海に過ぎない)が、実質的に始まった16世紀前半のヨーロッパには、個性豊かな君主たちがひしめきあっていた。ヘンリー8世、カール5世、フランソワ1世の三つ巴の争い、それにスレイマン大帝やマルティン・ルター、メディチ家のレオ10世が絡むのだ。役者を一瞥しただけでも面白くないわけがない。ところが、この豪華絢爛たる顔ぶれの中で、何故かフランソワ1世について書かれたものは少なかった。そのミッシングリンクを埋める傑作が現れた。

本書は3部構成を採っている。プロローグは、誕生から即位までの21年。母親ルイーズと姉(「エプタメロン」を書いたマルグリット)に溺愛され甘やかされた若者。こうして育てられたフランソワが「どうして自分の偉大さを誇大視せずにいられるだろうか」「この若者の少年期が、のちにフランスの運命に重くのしかかることになるのだ」。

次が、即位からカンブレーの和平までの14年。幸先は良い。マリニャーノの戦いで勝利したフランソワはミラノを手に入れる。フランソワは高等法院を屈服させ、絶対王政の基礎を築く。しかし、皇帝選挙を契機に、カール5世との宿命の戦いが始まる。ヘンリー8世は二股を掛ける。運命の悪戯で、フランソワはパヴィアの戦いでカールの捕虜になる。フランソワは、二人の王子たちと交換で自由の身になる。和平に漕ぎ着けたのは、ルイーズとカールの叔母のおかげだった。男たちの盲目よ!フランソワは、カールの姉と結婚するが、ミラノは失われる。

最後は死までの18年。ユマニストとして芸術を愛し、レオナルドを招聘し(おかげでフランスはモナリザを得た)、フォンテーヌブローの森に惹かれたルネサンスの王。長身で堂々としたスポーツ万能のフランソワは「つれない女にはほとんど出会わない」。だが、恋人に忠実で「32年間の治世の間に、公認の愛妾は二人しかいなかった」。フランソワは航海者も援助する。フランスは北アメリカに雄飛する。学者の父、フランソワの「知識と芸術の領域における業績は、甚大であった」「しかしながら、そのような成功は、暗になんらかの悔恨の念を惹き起こさずにはおかない。人々は、かくもすぐれた君主が国家の指揮においても、それと同様の専心と判断力を示すのを、どれほど見たかったことであろうか・・・」。カールとの争いは止まない。フランソワはスレイマンと結んで対抗するのだが。

500ページの大作が、何故一気に読めるのか。第一は、文章の躍動にある。「フランソワには、最良の協力者を失う才能がある。しかも、それがいちばん必要なときにだ!」第二に、ヘンリーとフランソワのレスリング(金襴の陣)や、マドリードの牢獄でのカールとフランソワの泣きながらの抱擁など興趣あふれるエピソードに事欠かない。しかも、それでいて大局観を失うことがないのだ。争いの元は領土。カールは、過去への執着(同名の曽祖父の本貫地ブルゴーニュ)と人間心理の洞察力の欠如によって全てを失うが、同様にフランソワのミラノ執着も曾祖母に由来するのだ。フランソワは欠点だらけだが、活力旺盛な「上機嫌の王」だった。「彼よりも前の王と、あとの王を見てもらいたい。彼らは厳格であるか、または憂鬱であり、真面目である(アンリ4世でさえも)か、またはもったいぶっていて、陽気な王は一人もいない。フランソワはいつでも陽気であり、しかも、だからといって威厳を少しもそこなわない」「ほほえむ君主」。だからフランスはフランソワを愛したのである。