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電子書籍は音楽配信の夢を見るか?

電子書籍は音楽配信の夢を見るか?

ソーシャル探偵団 『happy dragon』

山口哲一(音楽プロデューサー)と、ふくりゅう(音楽コンシェルジュ)によるプロデューサー・ユニット。インターネット上のソーシャル・マーケティングを実践的に研究。エンタメ・コンテンツとソーシャルグラフの関係を分析し、具体的なプロデュースワークにフィードバックする活動を行っている。2011年に『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ダイヤモンド社)を刊行。 2012年4月よりトークイベント『sensor 〜it&music community』を開始。毎月完売の人気イベントになっている。 https://www.facebook.com/happydragon.page

当ブログ「コンテンツとメディアの近未来」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/happydragon/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


 電子書籍元年と言われています。音楽業界は、デジタル化で先行しているという理由で、出版業界の友人から、意見を求められることが多かったです。誠ブログの第1回は、音楽プロデューサーの立場からの電子書籍への論考としたいと思います。

 まず、電子書籍の定義をはっきりさせましょう。
 コンテンツがデジタル化するということは、音もテキストも画像も動画も等値になるということを意味していて、ユーザーやプラットフォーム事業者にとっては、音楽も小説も映画も写真集も(場合によってはプロ野球チームも?)、本質的には区別されないということになります。

 音楽プロデューサーとして、楽曲を「作品」と思い、丹精込めてつくってきた私にとっては、なかなか不愉快と言うか、シンドイと言うか、控えめに言っても違和感があることなのですが、今の時代に音楽プロデューサーという職業を続けてビジネスしていくとすれば、受け入れて、対応策を考えなければなりません。

 そのような時代に、「電子書籍」という用語を使っているということは、「電子書籍の定義」は「これまで書籍で売られていたコンテンツを電子化した商材」という定義になると思います。
 ちなみに個人的には、どうせデジタルコンテンツとカテゴライズされるなら、従来の音楽とか小説とか漫画とか映画とかいう枠組みにとらわれずに、新しいジャンルの作品をつくりたい、ヒット作を出したいと思っているのですが、本論とは外れるので、またの機会にしたいと思います。

  従来、書籍で売られていたものをデジタルコンテンツとしてビジネスする=電子書籍をどのように捉えるべきかという視点で、音楽業界の経験を踏まえると、以下のような提言になります。


電子書籍に3つの提言 ~音楽プロデューサーの立場から~

1.プラットフォームは、公共財と考える
 プラットフォームや技術フォーマットでの覇権争いは不毛。パブリックで透明性の高い仕組みを構築し、手数料率を下げ、IT事業者に主導権を握られずにコンテンツ側の配分を増やす方法を業界全体で考える。

2.マルチユース発想でプランニングする
 電子書籍を書籍の代替ではなく、多様で成熟した日本の消費者に対応しやすいツールと前向きにとらえ、書籍や書店等の既存の経営資源と連動・補完させる戦略をコンテンツ(ジャンル)ごとに構築していく。携帯、タブレット、PC等デバイスごとに対応したプロデュースワークを行う。

3.分配料率を再構築する
 分配料率の考え方そのものを再構築。紙の書籍の読み替えも著者直営(70%)も主流には、なり得ない。編集者の役割を著作隣接権的に捉え、企画、宣伝等貢献も数値化して検証していく仕組みを持つ。産業として、公平で再生産可能な、新しい分配思想をつくっていくことが肝要。


順に解説します。

1.プラットフォームは、公共財と考える

 コンテンツプロデューサーにとって、当たり前ですが、一番大切なのはコンテンツです。プラットフォームや技術フォーマットは、読者の利便性のために重要ですが、手段に過ぎません。現在の電子書籍に関する議論は、ここの整理が不十分な場合が多いようです。

 村上龍さんが新しい電子書籍の会社をつくったのも話題になりましたが、その際の文面にさらっと「技術的な部分がリクープされた後は~」という部分があり、気になりました。デバイスやOSのバージョンアップに終わりはありません。ここの判断の主導権を持っていないと、IT側の費用がいつまでたってもリクープされない事態にもなりかねません。実業においては、そこが決定的なポイントにもなり得ます読者の利便性を図った上で、作家や出版社などのコンテンツ側にできるだけ高い料率を担保することが、「電子書籍」における正義の筈です。

 角川歴彦さんが、著書『クラウド時代と<クール革命>』の中で、日本国産クラウドの必要性について語られていましたが、私は、強く共感します。


 余談ですが、村上龍さんの新しい会社に関する私の見解も述べておきます。音楽の有名アーティストが自分でレーベルをつくる事例に重ね合わせる論評も多かったのですが、確かに似ていると思いました。その経験も踏まえていうと、アーティスト主導のビジネス・スキームが、業界のデフォルトになったケースはありません。そういう意味では失敗すると思います。村上さんやその周辺の作家が、ご自分の料率や納得度が高い形でビジネスをすることができる可能性は十分にあると思います。ただ、これも音楽の例になぞらえるとすると、有名アーティストがつくったレーベルから才能ある新人アーティストが 出てくるケースが非常に少ないのも、偶然とは言えない気がしています。村上さんはデビューされたときからのファンなので、個人的には頑張って欲しいと言うよりは、無理しないで欲しいなと願っています。


2.マルチユース発想でプランニングする

 素晴らし書籍をつくるというノウハウは職人的なものでしょうから、どうしてもディテールのノウハウに固執してしまいがちです。その職人芸を守ることも重要だと私は思います。ただ、デジタルコンテンツというカテゴリーができた以上、従来の発想にとらわれずに、様々なデバイス、シチュエーションでユーザーを楽しませる、感動させるということを追求するのがこれからの編集者の責務です。

 例えば、装丁に掛ける以上の労力をアプリストアでの興味を持たれやすい画像をつくることに掛けるべきですし、電子書籍と紙の書籍の微妙な内容の違いや発売時期についても、様々なやり方があり得ると思います。今、一番注目されているのは、ソーシャルリーディングですが、他にも電子書籍ならではの楽しませ方があるかもしれません。挿絵や索引のあり方など細かい工夫ができる箇所は無数にある筈です。

3.分配料率を再構築する

 レコード会社と同じ過ちを犯してはなりません。CD(パッケージ)の読み替えで音楽配信の料率を決めようとしたことは、日本の音楽業界の発展のためにはマイナスでした。 電子書籍も紙の書籍の料率をベースにするのではなく、0ベースから分配比率を考えていくことをお薦めします。同時に「作家とプラットフォームと読者がいればいいのだ、iPhoneなら70%だ」という論理も、ビジネスという観点では私は間違いだと思っています。

 音楽では、レコード製作者に著作隣接権が認められています(この場合のレコード製作者の定義にもいろいろ問題があるのですが、割愛します)。編集者も同様の立場が認められて、しかるべきです。音楽における原盤権の発想も参考になるかもしれません。

 リスクを負って新しい才能を育て、プロフェッショナルなスキルで商品をユーザーに届ける自分たちのノウハウを、言語化し、数値化することが、電子書籍の時代にこそ必要なのでは無いでしょうか? 日本人は時に、謙譲の美徳で損をしていると自分も含めて思います。個人の集積だけでは達成できない、生態系をつくってきたという自負を出版社が持つべきだと私は考えます。


 今回は、以上です。ご質問やご異論も歓迎します。


このテーマで、出版社の方に向けて講演をした時のプレゼンテーション資料がこちらにあります。

また、個人ブログでは内容を詳しく書いていますので、興味のある方はこちらもご覧下さい。


山口哲一(音楽プロデューサー・株式会社バグコーポレーション代表取締役)
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