誠ブログは2015年4月6日に「オルタナティブ・ブログ」になりました。
各ブロガーの新規エントリーは「オルタナティブ・ブログ」でご覧ください。

菊と刀 - ココが面白い70年前の外国人による日本人分析(読書メモ)

菊と刀 - ココが面白い70年前の外国人による日本人分析(読書メモ)

瀬戸 和信

瀬戸和信(KAZUNOBU SETO)テクノロジーマーケティング専門家。

当ブログ「マーケターの失敗録(T_T)」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/kazunobuseto/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


菊と刀が中国で翻訳されベストセラーになってるようです。でも、都合のよい内容に書き換えられているようで、著者Ruth Benedict氏が聞いたらどんなに悲しい気持ちになることやら。参照元

そんな中、日本語版の菊と刀(The Chrysanthemum And the Sword: Patterns of Japanese Culture Ruth Fulton Benedict)読了しました。

なんとこの本は70年もの前に、米国人によって書かれた日本人についての本です。

なので、今ではまったく理解できない部分や、逆に当たり前すぎて空気のようになっている習慣などを改め意識することができました。

海外出張が多い人、海外に住んでいる日本人は、自分を日本人だと意識する機会が多いはずなので面白く読めるんじゃないでしょうか?私は日本人以外の何ものでもないのだという自己認識なくして外国人からの信用は得られないですからね。

以下、面白いと思ったところの読書メモです。


Ruth benedict.jpg

#1 風呂は芸術のように練磨するもの?
  • 日本人の最も好むささやかな肉体的快楽の1つは温浴
  • 毎日夕方に熱く沸かした湯につかることを日課の1つ
  • 湯槽の中に胎児のような姿勢で両膝を立てて座りアゴまで湯につかる
  • 毎日入浴するのは米国と同じように清潔のためでもあるが、一種の受動的な耽溺の芸術としての価値を置いている

#2 風呂で裸体よりも寝姿を人から見られることが恥?
  • 裸で入浴しているところを人に見られることを少しも恥と感じない
  • 日本の婦人は寝姿を人に見られることを恥じる感情は非常に強烈
  • これは米国婦人が裸体を見られるのを恥ずかしがるのと同じくらいに深い

#3 畳の合わせ目に坐ってはいけない?
  • 子供は歩けるようになるといろいろなイタズラをする
  • 指で障子に穴をあけたり、囲炉裏に落ちたり
  • 子供は畳の合わせ目のところを踏んだり、そこに坐ったりしないように覚える
  • 昔は侍が床の下に潜んでいて、畳の合わせ目のところから刀を突き上げて、部屋の中に居る人を突き刺した、という話を聞かされる

#4 陣痛に苦しむ女性は大声をだして隣近所に広告してはいけない?
  • まず分娩は日本では性行為と同じく、ひそかに行うべき行為
  • 陣痛に苦しむ女性は大声をだしてはならない
  • 大声はそれは子供の生まれることを隣近所に広告すること

#5 日本は貴族主義的な社会?
  • 人と接触する時は、お互いの間の社会的間隔の性質と度合いとを指示せねばならない。
  • 相手が親しい人間か、目下の者か、目上の者かによって別な言葉を使う

#6 日本人は自由がなかった?
  • 日本人はあらかじめ計画され進路の定まった生活様式の中でしか安心を得ることができない
  • 日本人は期待通りの人間になるか?期待はずれの人間になるか?と考える
  • 世人一般の期待にそうために自己の個人的要求を棄てる
  • こういう人たちこそ、自分の家に、自分の村に、そして自分の国に名誉をもたらす

#7 "誠"の意味を考える
  • あらゆる日本語の文献において注意するべき極めて有用な言葉
  • この語が使われていると日本人が実際に重点を置いていること
  • 誠は私利を追求しない人間を誉める言葉として用いられる
  • 誠のある人のみが、人の頭に立ち、その手腕を有効活用できる

当時の日本とは真逆の価値感をもっていた米国。でも自由な特権が決していい面だけに向いていたわけではないと思います。米国は代わりに集団性や協調性が無くなり、より個人主義で競争的になった社会です。ソーシャルメディアネットワークのようなサービスが米国から生まれるのもなんとなく理解できました。

いまでも売れ続けている菊と刀、夏に読みたくなる1冊です→菊と刀 (講談社学術文庫) 

普段読まない本を読んだこの勢いを借りて、次は衣服哲学に挑戦。5年前に5000円位で購入したはいいけど、難しすぎて本棚に眠ったままになっている本です。本というのは、読める時というものがあると聞きます。衣服哲学、今がその時かな?衣服哲学 (岩波文庫 青 668-1)