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負の連鎖は避けられないのか?
マイク丹治の「グローバル・アイ」
負の連鎖は避けられないのか?
セールスジャパンという、中小企業・ベンチャー企業向けの営業代行・販路開拓の会社で会長を務める傍ら、いくつかの会社の顧問に就任しており、更に政策シンクタンク・構想日本で政策提言を行っています。
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ロシアの反政府派のリーダーが暗殺された。まだ、いきさつは不明だが、政治的理由であることは間違いない。だが、何となく冷戦時のKGBとCIAの暗躍を思い起こさせる事件だ。
何故、人類はいつまで経っても同じことを繰り返すのか?宗教や、民族問題、更には植民地支配や戦争による本来あるべき姿ではない国境の設定、など様々な対立の理由があるのは頭では理解できるが、それを物理的暴力によって解決しようとするのは、あまりに前近代的ではないのか?
イスラム国による捕虜殺害は痛ましいが、これにまた死刑囚の即座の死刑執行や、地上作戦による掃討で応じるということに本当に平和への道筋はあるのか?
今丁度ダッカにいる。連合赤軍のハイジャック事件はもう遥か記憶の彼方だが、2月からはずっと平日はハルタルで、外出を制限される状態が続いており、多くの方々が爆弾や銃撃によって亡くなっている。
事の発端は、直前の選挙が正当に行われたかという点にあるが、いずれにしても結果として危険度が上がっているので、海外からの渡航は控えるところが多く、航空機やホテルは空いている。街中は、さほどいつもと変わりはないが、いずれにしても人の移動は限られたエリアに制限されるし、学校の授業は週末だけだとか、試験が実施できない等の弊害が起きている。
国民は慣れているし、あまりに長引くこの事態に飽きが来ていて、一方で政府反対派のリーダー格は次々と逮捕されているので、徐々に沈静化しつつあるように見えるが、そもそもの政府に対する不満が消えたかと言えば疑問だ。
政府側は、反対派の行動を政治的な行動を超えたテロだと主張して、法的手段で鎮静化を実現しようとしているが、反対派は逆に混乱に乗じて反対派のリーダーなどを射殺することそのものがテロだ、と主張する。いずれにしても、政府の対応が相応に功を奏する可能性はあるが、抜本的な安定には、相互の話し合いが不可欠だと感じる。
この状態が続けば、チャイナネクストとして、安倍総理の昨年の訪問で盛り上がりつつある日本からの企業進出などにも影響が出かねないし、先に述べたように既に海外からの渡航者の減少や国内移動の制約などで、経済的な影響は始まっている。
ここで、一番難しいのは、政治的活動や戦争とテロとの境目だ。間違いなく世界中の大多数は、人の命を奪うことについて否定するだろう。だが、民族間の抗争や国家間の抗争である戦争になった途端、これは肯定される。そして、テロを実行した人々は人類の敵として、抹殺される。
だが、テロリストと定義された人々に対する粛清だけでなく、国家間の抗争における人への攻撃なども含めて、ある意味での報復であり、それは負の連鎖を呼ぶのではないか?もちろん、この議論はあまりにナイーブで、世界の紛争の現実を知らない夢物語だと、専門家と称する人たちは指摘するだろう。
だが、敢えて指摘したいのは、では何時になったら世界から紛争が消えるのか、という大命題だ。まだ10世紀、20世紀かかるかもしれないが、そのような試みを続けることこそが人類という少し変わった生き物の生存においては重要だと思う。
そして、日本というユニークな国家は、敢えて第二次大戦の前に戻って、紛争に間接的にであれ参加できる可能性を増やし、或いは紛争当事者に結果として殺戮武器を提供するような形ではなく、あくまで平和的解決を実現するために協力を惜しまない存在になって欲しいと思う。