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「相手が悪いのに、なぜ自分が変わらなきゃいけないんですか」

「相手が悪いのに、なぜ自分が変わらなきゃいけないんですか」

大森 洋明

REBT心理士。うつ状態から回復した経験を経て、SEからカウンセラーへの転身を図りつつ、カウンセリングを世の中に浸透させようと奮闘中。座右の銘は、菅沼憲治先生に頂いた「生死一期」という言葉。

当ブログ「あなたが持つカウンセリングのイメージは間違っている!! …可能性が高いですよ」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/t2k/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


 年を跨いでしまいましたが、前回の記事を覚えているでしょうか?
 前回は、「カウンセラーの役割は心の問題がある場合に、心の問題に対処するための専門家としてカウンセリングを行うこと」であるとして、3つの例を挙げて説明していきました。

1.地震が起きて不安になった場合
2.多重債務で苦しんでいる場合
3.友達同士が仲違いして、その間で人間関係に苦しんでいる場合

 3つの例の中で、「あれ? これって自分の気持ちをどうこうしても、意味ないんじゃないの?」と思った方が居るかもしれません。
 しかし、例として挙げているということは、カウンセリングの対象となり得るということです。 もし、上記のように考えてしまったとしたら、適切なカウンセリングの機会を逸してしまうかもしれません・・・啓蒙不足ですね

 少し見直してみましょう。

 1、2番目は比較的理解しやすいと思います。 1番目のケースは、地震をどうにかするためには海外移住くらいしか方法がなく(それも確実ではありません)、カウンセリングで扱う焦点が「不安」と分かりやすいからです。 2番目のケースは、前回の記事を読めば分かりますが、心の問題が存在する場合に限定して話を進めていました。

 ところが、3番目のようなケースの場合、多くの人は自分の問題を認識できません。
 では、自分のどこに心の問題があるのでしょう?

「友達同士が仲違いして、その間で人間関係に苦しんでいる場合」

 友達同士が仲違いをしたという事実を発端に、人間関係に苦しんでいる・・・苦しんでいるのは自分自身であり、発端となった友達ではありません。
 この例の場合、「どうしたら友達同士が仲直りできるのか」も(現実的な)問題ですが、「自分自身が雰囲気の悪くなった友達と、どう接していけば良いか」「自分が現在抱えている気持ち(苦しみ)と、どう付き合っていけばよいか」も重要なのではないでしょうか?

 たとえば、友達の仲違いに自ら介入を行うと決めた場合、「介入したいが介入を行う勇気がない」「激しく緊張する」「不安が強くて行動に移せない」なども、カウンセリングの対象となります。
(※カウンセラーは魔法や超能力は使えないので、カウンセリングに来ただけで友達同士の仲違いが消滅したりはしません)

 また、程度にもよりますが、苦しんでいるということは感情がエスカレートしている可能性が考えられます。
 感情がエスカレートしている場合、行動選択が自滅的になる傾向が強まります。 感情問題を放置しておくと自暴自棄になったり、友達を切り捨ててしまったり、自分一人で考えなければと悩みを抱え続け、負の思考のスパイラルに陥ってしまうことも少なくありません。

(主に認知的なアプローチ※註1を行う)カウンセリングでは上記のような感情問題を解決し、自滅的な行動を予防・改善します。
 自分一人で考えなければと考える人に対しても、自分で自分自身の選択肢を考えていく手伝いをすることが可能です。 自分自身で考えて選択し学習していくことで、以降起こるかもしれない同様の問題にも、自分の力で対応できるようになるのです。
(※そもそも自分一人で考えなければいけないことというのは、現実にはほとんど存在しないのですが・・・)

 現実の問題が自分の他に存在する代表的なケースで、次のようなものがあります。

「あいつが悪いことをしたから、俺は怒ってるんだ!」

 この、「怒っている」というのは、どの程度怒っているのでしょうか?
 怒りが健康的な範囲であれば特に問題はありませんが、エスカレートしている場合(激怒、怒りが長時間持続する、繰り返し思い出しては怒りを増幅させるなど)、カウンセリングの対象となります。

 相手が悪いのであれば、「激怒したからといって、それは適切な感情表現なのではないか」と考える方もいるでしょう。
 しかし、仕返しを考える(犯罪を含む)、自傷行為を行う、物に怒りをぶつける、SNSに相手がいかに悪いかを投稿し続ける、逆に自分がいかに酷い目にあったかを投稿し続ける、人に会うたびに悪口を言う、相手のことを思い出しては怒りを増幅させて人生の貴重な時間を浪費するなど、これらの自滅的な行動が適切な感情表現であるかといえば、そうではない(少なくとも健康的ではない)と言えると思います。

 前回を振り返ってみましょう。

  • 心の問題は、何度も繰り返し同じ考えを呼び起こし、人生の貴重な時間を浪費します。
  • 心の問題は、その問題を持つ人に苦痛な時間を持続させます。
  • 心の問題は、現実の問題のより良い解決策を導き出そうとする思考を阻害します。
  • 心の問題は、現実の問題に対応しようとする学習能力を低下させます。
  • 心の問題は、現実の問題への解決への行動を阻害します。

 健康的な怒りの感情は、人生の目標を達成するための原動力にもなりますが、その範囲を超えると短絡的で自滅的な行動が増加し、人生の目標の達成を阻害します。

 ところで、「あいつが悪いことをしたから、俺は激怒している!」という場合、誰かが悪いことをすれば誰でも激怒するのでしょうか?
 こういった場合、多くの人は「悪いことの内容や事情によるんじゃないの?」と考えると思います。

 ところが、「では、1万人に同じ悪いことをしたとして、1万人が同じように激怒するのか」というと、そうではないことが分かるでしょう。
 つまり、悪いことが激怒の直接の原因ではないのです。
 悪いことをどのように捉えたか、その評価的な捉え方によって感情は変わってきます。

 この仮説を元に正しい文章に直してみると、

誤:「あいつが悪いことをしたから、俺は激怒している!」
正:「あいつが悪いことをしたのを、《すべきではないことをしたあいつはクソ野郎だ》と評価した自分が、自分自身を激怒させている!」

・・・のような形になるのです。

 《》内の文章は、小さい頃からの学習、慣習、文化、言語などが強く影響していることが多く、その捉え方によって個人差が出てきます。 認知的なアプローチを行なうカウンセリングの場合、この《》内の文章を見直すことで、以降同様の事態に遭遇した場合にも健康的な怒りを持てるように考えていきます。

 もちろん、「他に《こういう考え》を持って健康的な感情を表現する人もいるんだから、あなたもそうしなさい」などという乱暴な手段はとりません。
 一つ一つ話し合って、お互いに考えを出し合って、短絡的ではなく中長期的な快楽を求めた納得のいく文章(人生哲学)を見つけ、それを学習できるよう支持していく・・・最終的には、来談者が自分自身のカウンセラーになれるようにしていくことで、問題の恒久的な解決を図るのです。

 相手がした悪いことに対応するのは、健康的な範囲の感情になったときに落ち着いて考えた方が、多くの場合、良い結果が出せるのではないでしょうか?
 相手だけをただ変えようとする行為はほとんどの場合、徒労に終わりますしね。

 

註1:認知に焦点を当てる、問題解決指向のカウンセリング技法。 認知には、説明の認知、推論の認知、評価の認知があり、記事中では評価の認知に焦点を当てているが、推論の認知に焦点を当てる技法も存在する。