誠ブログは2015年4月6日に「オルタナティブ・ブログ」になりました。
各ブロガーの新規エントリーは「オルタナティブ・ブログ」でご覧ください。

企業クライアント管理の「正義」について語ろう

企業クライアント管理の「正義」について語ろう

横山 哲也

グローバル ナレッジ ネットワーク株式会社で、Windows ServerなどのIT技術者向けトレーニングを担当。Windows Serverのすべてのバージョンを経験。趣味は写真(猫とライブ)。

当ブログ「仕事と生活と私――ITエンジニアの人生」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/yokoyamat/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


2010年、NHKテレビで「ハーバード白熱教室」という番組が放送されていた。ハーバード大学でのマイケル・サンデル教授による「政治哲学」の講義を編集したこの番組は、「正義とは何か」という問題を学生と対話しながら進めるスタイルが斬新だった。

今回は「ハーバード白熱教室」の人気に便乗して2010年10月04日に書いた記事を再構成し、企業クライアント管理の「正義」について考えてみよう。

●「正義」の分類

サンデル教授は「正義」を3つの方向から解き明かそうとしている。

  • 幸福の最大化...全体の利益を優先
  • 自由の尊重...個人の自由を優先
  • 美徳の促進...共同体としての美徳を尊重

企業システムのクライアント管理を考える上でもこの3つの方向は役に立つ指標である。先週は「強い管理」と「弱い管理」の2つについて触れたが、今週は第3の選択肢についても説明しよう。

●幸福の最大化

全体の利益を優先するスタイルである。政治では「功利主義」と考えると分かりやすい。個人の自由は尊重するものの、社会の利益のためには犠牲になってもやむを得ないという考え方で、「最大多数の最大幸福」というスローガンが有名だ。

営利を目的とする企業はもちろん、公共団体や非営利団体であっても、組織には常に目的がある。ITシステムは、組織の目的を達成するためにあるのだから、組織全体の利益を優先するのは当然のように思える。実際に、多くの組織がこのスタイルを採用している。

幸福を最大化するには、クライアントの自由度を認めないのが一番簡単だ。これが先週紹介した「強い管理」である。強い管理の利点は、トラブルが少ないことである。トラブルが少ないと無駄な損失が減り、ITシステム的な「幸福」が最大化する。

ただし、「コンピュータを使う楽しさ」は減り、仕事に対するモチベーションが下がる可能性がある。仕事は娯楽ではないと言う人も多いだろうが、私は賛成できない。楽しく仕事ができる方がいいに決まっている。Windowsの壁紙の変更くらいは認めて欲しい(周囲の人が不快にならない範囲で)。

●自由の尊重

「国家は個人の自由を制限すべきではなく、その代わり何があっても自己責任」という考え方(リバタリアニズム)が代表だ。リバタリアニズムの信奉者(リバタリアン)は自動車のシートベルト規制にすら反対する。

ITシステムで、クライアントの自由度を最大限に認めるとどうなるだろう。これが「弱い管理」である。確かに、一部の人にとっては楽しく仕事ができるかもしれない。しかし、社内システム用のソフトウェアの設定や、ウイルスチェックまで自分で行なうのはかなりの負担である。ほとんどの人にとって「自由にやっていいから自己責任でどうぞ」というのは、かなり大きなプレッシャーになる。結果として「PCに触るのも恐い」と感じ、PCを使った作業が滞る可能性もある。「弱い管理」がストレスとなり、仕事を楽しむどころではないかもしれない。

自己責任が果たせないとどうなるか。ウイルスチェックの不備や、セキュリティ上の問題は組織全体に問題を引き起こすこともある。現在のコンピュータは、ほとんどすべてネットワークに接続されている。1台のPCのウイルス感染が、会社の業務を完全に止めてしまうこともあり得る。こうなったら自己責任で済む話ではない。

●美徳の促進

サンデル教授は、共同体としての美徳を尊重する「共同体主義(コミュニタリアニズム)」を提唱する。全体の利益や個人の自由を尊重しつつ、個人が所属する共同体の「美徳」を重視するスタイルだ。この場合、1人の人間が複数の共同体(たとえば会社と国)に所属する場合の葛藤は避けられないし、単純な優先順位も付けられない。

ITシステムでは、「強い管理」は利益を最大にするが、仕事の楽しさが減る。「弱い管理」では仕事の楽しさが増す場合もあるが、業務が滞る可能性も高い。

そこで、共同体の美徳や道徳を意識してIT管理ポリシーを考えてみてはどうだろう。ITリテラシの高い組織なら弱い管理でもいいだろうし、非専門家が多い場合は強い管理の方が使いやすい。部署や役割毎に違うポリシーがあってもいい。

ただし、同じ会社内でも利害が相反する可能性もある。部署内のコミュニケーションを考えるとクライアントPC同士のファイル共有を有効にしたい。しかし、ファイル共有を有効にすると全体のセキュリティレベルが下がる。このような場合はどうすればいいのだろうか。

コミュニタリアニズムの欠点は、こうした葛藤(コンフリクト)に対して単純な解決案がないことだ。それぞれの立場から議論して妥協案を考えるしかない。たとえば、ファイル共有を有効にする場合はセキュリティレベルを強化するといった規則が考えられる。

また、「正義」が時代によって変化するように、ポリシーも定期的に見直すべきだ。面倒な作業かもしれないが、ITシステムを適切に運用するには必要なことである。

その点、マイクロソフトのシステム管理は大変面白い。個人PCに対しては最大限の自由を認めながら、サーバーを保護するために、ネットワークを構成するのは、誰にとっても満足できる現実解だろう(『書評「なぜマイクロソフトはサイバー攻撃に強いのか?」』も読んで欲しい)。

●今週のおまけ写真

DSC00146S.jpgのサムネイル画像 
▲東京では割に珍しいしだれ桜を発見