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【ワタクシの仕事術6】 流れを掴めるビジネスマンが、流れを生み出す

【ワタクシの仕事術6】 流れを掴めるビジネスマンが、流れを生み出す

荒木 亨二

ビジネスコンサルタント&執筆業。荒木News Consulting代表。業界をまたいで中小企業経営者のサポートを行う「究極のフリーランス」。2012年より、ビジネス書の執筆ならびに雑誌の連載をスタート。

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人生にはバイオリズムがある。良い時があれば、悪い時もある。大学受験に成功してオンナにもてまくる時期があれば、就活に失敗して彼女に別れ話を切り出された上に、帰り道で犬のウンチを踏んでしまったり・・・。人生山あり谷あり、それは仕事も一緒である。必ず訪れる『ビジネスのバイオリズム』を正確に見極め、その波をうまく乗り切るバランス感覚が大切である。

他人の評価を冷静に受け止めることができるか?

企画書を上司に褒められた。口うるさい先輩が最近何も言わなくなった。自分の意見が社内で通りやすくなった・・・。

調子が上がってきたことは自分では分からない。自分を取り巻く他人というフィルターを通してはじめて、自分の力量や評価が客観的に分かるというものであり、自分の評価を自分で下してはいけない。「オレって仕事できるんだあ~」と言っている人は要注意、それは主観的自己評価であり、何の根拠もなく、危険である。他人が下す評価こそが<自分の今>である。

美人の定義は時代によって移り変わり、平安時代は小太りでしもぶくれ気味の丸顔が美人だったそうだが、平成の今からは想像もつかないほど定義は変わっている。しかし、変わらない事実がある。誰が美人かは他人が決めることで、自分が決めることではない。私って美人? と思っている人ほど、小太りでしもぶくれていたりする・・・。

【自分の評価は他人が下すもの】という事実を冷静に受け止めることが、何事もまず重要である。たとえ自分の意に反するものであっても、多くの人が同じような評価をしているのであれが、それが評判である。社会的な事実である。 

使えない上司ではオレのこと判断できないよ・・・などという不平をよく耳にするし、実際にデキない上司は判断力が劣るもので、同情したい気持ちはやまやまだが、その考え方は甘い。使えない上司をいかに使うか? 与えられた悲惨な現実のなかで結果を残せなければ、何処へ行ってもうだつは上がらないだろう。

かく言う私も、若い頃は主観的自己評価に頼るタイプの人間だった。就活のとき、自分は仕事がデキる部類の人間だから、すぐに人事も分かってくれるだろうと甘い考えを持っていた。いわゆる"根拠のない自信"に充ち溢れていた。仕事をしたことがないのだからデキる・デキないなど誰にも分からないはずなのだが、根拠のない自信を抱く学生は実に多く、そんな人ほど妙にやる気満々で就活に臨み、失敗していた。

私はこう考えた。人事は見る目がないな、と。

私の失敗と、失敗するタイプ

28歳で独立したときも、まだ根拠のない自信が抜けていなかった。思うように仕事が入らず、やはり世間は見る目がないなあと、鬱屈としていた。しかしその後、とんでもなく優秀な人間が世の中にはたくさんいる事実を知ってしまい、愕然とした。あ、オレって、まだまだなんだと気付かされた。

学生のとき、独立してすぐの頃、どちらの失敗にも共通していたのは<他人の評価に冷静に向き合わなかったこと>である。自分がデキると思っていても、判断する立場の人事なり経営者がNoと言えば間違いなくNoであり、そこに私見を挟む余地はまったくなく、デキない人なのである。

面接で落とされる、仕事が取れない・・・。これは「あなたはそれほどでもないですよ・・・」というダイレクトなメッセージ、相手に拒否される理由がどこかに存在するはずなのだ。この残酷な現実を見ないまま、それでも自分はスゴイと思い続けていると、最終的には不幸になる。他人が下す評価には必ず意味があり、それが社会における絶対的な評価となる。言い換えれば<自分の現在価値>となるのだ。

直視するのはとてもツライことである。自分の判断と世間の受け止め方が正反対であるからだ。私は長らく直視することができず、世間とのギャップ、本当は自分はデキるはずだという『惨めな呪縛』にとりつかれていた。そこから脱却できたのは、社会のごく当たり前のルールを知ることだった。

自分の評価は他人が下すもの。

誰かがNoというときはみんなNoというものだ。誰かがYesというと、多くの人がYesとなる。これが評価・評判というもので、他人のフィルターを通してのみ、自分の現在価値は判断できる。これは就活に向かう学生でも若いサラリーマンでも経営者でも、一緒の原理である。これを分かっていない学生、若いサラリーマンが実に多いのは、やはり経験不足としか言いようがない・・・。

バイオリズムとパワーバンド 

仕事が入るようになってくると、ようやく他人の評価が持っている本当の意味が理解できるようになった。仕事がこなかったとは、単に私のビジネスレベルが低かったのだ。反対に仕事がくるようになったとは、レベルが上がったのである。あくまでも第三者の判断が絶対的な価値としてあり、その判断に従えば良いだけなのだ。簡単なことである。

しかし評価が上がっても、自分としてはYesと言われたときとNoと言われたときの違いがよく分からなかったりする場合もある。特に仕事のスタイルややっていることを変えているわけではなかったからだ。つまりいつでも自分はデキると思っていたのに、それが通用したりしなかったり、基準がわからない。

それが他人の評価なのだから、それをそのまま受け止めるしかない。

さて、仕事がデキるというある程度の評価を得るようになると、今度は別の問題が沸き起こる。それが『ビジネスのバイオリズム』である。

人生と一緒で、仕事がデキるようになったからといってその後が順風満帆にいくわけではない。他人の評価とは関係なく、経済情勢であったりビジネスの勢いであったり、面構えであったり、喋り方であったり、非常に分かりづらい内的要素・外的要素によって、ビジネスには良い波と悪い波が定期的に訪れる。

バイオリズムは必ずやってくる。これをどうしのぐか?

悪い時は動かず、良い時に備える

悪い時は何で? と思うほどツイてない。いろいろと面白そうな案件が舞い込んでくるのだが、どれも仕事につながらず一向に成果が出ない。契約直前でドタキャンになったり、好スタートをきったと思いきや途中から思い描いていたビジネスプランとかけ離れていったり、ヘンな経営者に妙な仕事を持ち込まれたり・・・。

反対に良い時は何で? と思うほどツイている。必要な人脈、優秀な人脈が不思議なくらいに次々と自分のもとに集まり、秀逸な企画ができあがり、それが更なるマネーや人脈を求めてうねりのように拡がっていく。一瞬のうちに様々なことが同時進行的にビジネスとしてカタチになっていくスピードとパワーは、鳥肌が立つほどの快感を覚える。

私の経験上、バイオリズムは3~5年ごとにやってくる。悪い波が3年ほど続いた後に、良い波が5年ほど続く。最初の悪い波を体験したとき、私はただただもがいていたが、焦れば焦るほど結果が出ずに疲弊してしまい、良いことはちっともなかった。反対に最初の良い波のときはうかれてしまい、成果を急ぎ過ぎ、結果として良いビジネスにはならなかった。

以来、悪い波のときはじっとして動かないことに決めた。次に来るであろう良い波をうまく乗りこなすための準備期間と捉え、勉強したり見分を広めたりしながら、やり過ごす。冬眠。

良い波がきたときは一気にパワーを解放するのだが、スピード感は重視しつつもうかれないように自分をセーブし、冷徹な視点で客観視することに徹する。一気に環境が変わり、相当に人の出入りが激しくなるため、最初のスキームを明確にしておかないと後で痛い目を見ることになる。

悪い時には動かず、良い時には慌てない・・・。この方法がダメージを最小限に抑え、同時にメリットを最大化できると知ったのだ。

クルマやバイクにはパワーバンドというものがある。エンジンの回転数が8000とか10000とか、もっともそのマシーンのパフォーマンスを発揮できる領域のことである。パワーバンド内でマシーンを操れば恐ろしい加速が味わえるほか、挙動もスムースで無駄がなく、エンジンが嬉しい悲鳴をあげて喜んでいるのがよくわかる。 

これはエコな運転ではない。急発進・急加速は燃費が悪いし、環境にもよくないし、他人の目もよろしくない。しかしパワーバンドを使った運転はクルマやバイクが本来持つ醍醐味であり、これを味わわずして何を楽しめというのか? 私は常にブン回してクルマに乗り、バイクにまたがる。

 

ビジネスにはバイオリズムがある。まずはこの波をしっかり見極めること。良い波がきたとき、いっきにアクセルをふかしてパワーバンドに入れて戦闘態勢に入ること。これがビジネスひいては人生の楽しみ方であると思う。

【他人の評価が絶対的な価値判断である】・・・そもそもこの原理を知らねば、バイオリズムもパワーバンドもあったものではないが・・・。

 (荒木News Consulting 荒木亨二)

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