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谷村美月、石野真子の熱演は必見!虐待のリアルに迫るNHK「もしも明日...我が子に虐待を始めたら」(9/24夜9時放送)
高瀬文人の「精密な空論」
谷村美月、石野真子の熱演は必見!虐待のリアルに迫るNHK「もしも明日...我が子に虐待を始めたら」(9/24夜9時放送)
フリーランスのライター/編集者/書籍プロデューサー。 月刊総合誌や『東京人』などに事件からまちの話題、マニアックなテーマまで記事を発表。生命保険会社PR誌の企画制作や単行本の編集も行う。著書に鉄道と地方の再生に生きる鉄道マンの半生を描いたヒューマンドキュメント『鉄道技術者 白井昭』(平凡社、第38回交通図書賞奨励賞)、ボランティアで行っているアドバイスの経験から生まれた『1点差で勝ち抜く就活術』(坂田二郎との共著、平凡社新書)、『ひと目でわかる六法入門』(三省堂編修所、三省堂)の企画・制作。
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*試写会後の記者会見で、右から石野真子、谷村美月、有働由美子アナウンサー
NHKの「もしも明日......」シリーズは、認知症、いじめ、介護、葬式、離婚と、身近だがシリアス、というか、それまで真正面から語ることがタブーである問題を取り上げてドラマとスタジオ討論のハイブリッドで掘り下げるという、それまでのテレビの枠を超えようとする意欲的な番組だ。9月24日午後9時から放送される今回は、ついに、「虐待」に迫ることになった。
虐待の番組って、どんなふうに作ってあるんだろうか?
実は、私は虐待する人、された人や専門家への取材をけっこうしていて、その経験から虐待をマスメディアで取り上げるのは大変難しいと感じている。テレビの短い時間では、虐待に至る経過やその要因が伝えきれず、安心して話してもらうまで時間もかかる。番組を構成するときに、よくある最大公約数の価値観で作ってしまうと、視聴者はたいてい「虐待するやつ」「しない自分」と二分し、自分を安全地帯に置いて正義をふりかざしがちだ。いったんそうなると理解しようというモチベーションにはならない。ところが、番組はそこを、驚くべきスタイルでかわしてきた。
それは「関西弁でしゃべる」ことである。大阪放送局制作というメリットが十二分に生かされている。ゲストにジャガー横田と吉本新喜劇のベテラン、未知やすえのふたりの母親を据え、「あさイチ」の本音トークで鳴らす有働由美子アナウンサーの司会で、冒頭からかみしもや構えを外してしまい、「虐待するしないは紙一重ですよねえ」、本気で行きましょうよ、と視聴者を引き込んでしまうのだ。
ドラマでは実家を飛び出して結婚、18歳で男の子を産むが、離婚してひとりで子どもを育てているという設定の母親を、演技力に定評がある谷村美月が演じている。「なぜ、虐待に走るのか?」母ひとり子ひとりで孤立し、ついに我が子に手を出すまでのプロセスを、ドラマは短時間ながら濃密に、丁寧に追っている。
脚本を担当したのは「幸福(しあわせ)のスイッチ」など、映画監督としても知られる安田真奈。スタッフによるぶ厚い取材をもとに脚本が書かれているので、短い時間の中で虐待がどうして起こるのか、というメカニズムがきっちりと作り込まれ、よくわかるようになっているのに驚く。ポイントとなるのは「視線」、つまり人間関係だ。母ひとり、子ひとりで生きるのが精いっぱいの親子がどんどん追い込まれていくさまを、「人間の心の中に必ずある、陰と陽を表現したかった」という安田は、他者の「視線」をさまざまに使うことで虐待に走るまでを描写しきっている。
スタジオには虐待経験のある母親と経験のない母親が同席し、トークを行った。この異質な者同士を組み合わせる枠組みも卒倒もので、虐待経験者への心理的影響を考えて普通はやらない。しかし、スタジオには虐待と危機介入が専門の西澤哲山梨県立大学教授が入り、虐待経験を安心して語れる「安全な場」が作られた。そして長く時間をとることで、話者が心的ダメージを受けない工夫がされ、虐待する人としない人の視線がうまく交錯するつくりになった。スタジオ収録は4時間に及んだのだという。普通のテレビ番組では聞けない、心の中をさらけだしたトーク、そして、それを語り出すまでのためらい。テレビ的な時間の流れの中で切り捨てられてしまう「真実」を、短いながらもよく残している。
*「自分を無にして演技した」と話す谷村美月さん。なにか乗り移ったような、すごい演技である。
ドラマの後半は、石野真子演じるマンションの上階の主婦とのかかわりが軸となる。石野は、谷村の我が子への虐待に「危機介入」し、支援する役柄で、谷村演ずる母親が追いつめられた「人間関係」が今度は別のほうに展開する。単に「よい人」を演じては失敗することになる、非常に難しい役だ。しかし石野は「どうしたらいいか、悩んで、きれい事になっていないか、悩んで」演じた。その悩みが大変素晴らしい演技につながっているのだ。主人公の母親を演じた谷村の演技もリアルそのもの。試写後の記者会見で「演技で叩いた時の、(子役の)小さな頭の感触が忘れられない」と話すほど、役にのめり込んだ。虐待に向き合った出演者とスタッフがひとつになった結果といえるだろう。
関係者全員の「熱」が込められたこの番組は、「虐待の真実」をたしかにあぶり出し、誰にでもわかるように伝えることに成功した希有な番組だ。必見である。
同じシチュエーションで石野真子を主演としたドラマ「やさしい花」が、このブログ記事のアップ間もなく、9月16日午後8時から関西限定で放送される。再放送は10月10日(祝日)の午後2時から、全国放送される。こちらも、ぜひごらんになることを薦めたい。
ひとつ心配があるとすれば、それはあまりに虐待がリアルに(もちろん、制作側の配慮で抑えられてはいる)描かれているので、いま虐待の当事者になっている人や、かつて虐待を受けた人たちの心に波紋を起こすのではないかということだ。もし、心の揺れが収まらなくなった人は、NHK大阪放送局の「子どもを守れ!」キャンペーンサイトに体験談を寄せたり、twitterでつぶやくなどして、自分の心がどこに立っているかを確認しよう。そんな断り書きを入れようかと迷うほど、この番組は、本当によくできているのだ。
「もしも明日......"我が子に虐待を始めたら"」
NHK総合 9月24日(土)午後9:00~10:13
かんさい特集 ドラマ「やさしい花」
9月16日(金) 午後8:00~8:45
10月10日(月・祝)午後2:00~2:43