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京都でiPadタクシーに乗った!----モバイルコンピューティングが個人をエンパワメントする

京都でiPadタクシーに乗った!----モバイルコンピューティングが個人をエンパワメントする

高瀬 文人

フリーランスのライター/編集者/書籍プロデューサー。 月刊総合誌や『東京人』などに事件からまちの話題、マニアックなテーマまで記事を発表。生命保険会社PR誌の企画制作や単行本の編集も行う。著書に鉄道と地方の再生に生きる鉄道マンの半生を描いたヒューマンドキュメント『鉄道技術者 白井昭』(平凡社、第38回交通図書賞奨励賞)、ボランティアで行っているアドバイスの経験から生まれた『1点差で勝ち抜く就活術』(坂田二郎との共著、平凡社新書)、『ひと目でわかる六法入門』(三省堂編修所、三省堂)の企画・制作。

当ブログ「高瀬文人の「精密な空論」」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/bunjin/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


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京都に取材で出かけた。

阪急京都線西院駅近くでタクシーをつかまえようとしていた。時刻はちょうど昼時、西に向かう車線を走るタクシーは客が乗っている車ばかりだ。約束の時間は迫る。いらいらし始めたころ、視界のすみに、黒いタクシーが入ってくるのが見えた。反対車線から、Uターンしてきたのだ。


「見てました?

乗り込んで行き先を告げた後、こう聞いてみた。にやりと笑って答えた。

「先をずっと見て、お客さんのほうに向かう車に全部客が乗っていることを確認して、Uターンしたんです」

できる。

赤信号で、車が止まった。運転手さんはかたわらに手を伸ばした。出発地と到着地を「日報」に書き込むのだ。

ところが、取り出されたのは、ペラの紙をはさんだメモボードではなく、なんとタブレット端末だった。


「それ、iPadですよね。運転手さんの会社で導入しているんですか?

「いや、これは自分でやっているんです」

驚いた。どんなふうに?後席から身を乗り出して、見せてもらった。


■表計算アプリで売り上げ・営業管理を

使われていたアプリは、Apple製の標準的な表計算ソフトのNumbersだ。そこに乗車地と目的地、男女別、料金と、手書きで書き込む日報と同じ項目が並ぶ。画面の大きさに合わせて、美しくレイアウトされていた。

そこにiPad純正のソフトキーボードを使って地名を入力するが、頭の読みを入れるだけで候補が出てくる。

「これで入庫したときに転記する手間がはぶけるんです」

この「電子日報」が力を発揮するのは仕事を終えたときだ。車庫に帰ったら、売り上げを清算して会社に納めなければならない。紙の日報では、一乗車ごとの料金しか書かれていないから集計を始めなければならないが、iPad(Numbers)を使えば入力したその瞬間に計算が終わる。


*日報の入力画面。瞬時に週次・月次データに反映される。京都のタクシーは、座席がベンチシートで助手席側とつながっている(その様子がiPadの下に見える)。変速はカーナビの画面の上に見える、ハンドルから出ているコラムシフトで行う。狭いスペースに白いUSBコードがきれいにはわせてあった。

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工夫はそれだけではなかった。入力されたデータは、その瞬間週ごと、月ごとのページにも反映され、蓄積されている。だから、目標を上回っているか、あるいはどれだけ挽回すればよいかが一目瞭然。常に、「いま、ここでどうすればいいか」がわかるのだ。


■ニーズをデータの裏付けでつかむ

日報には、「どこからどこまで実車であったか」が書かれている。紙の日報には時間までは書き込まれないが、データなら入力時間が記録される。これらのデータを解析すれば、「いま、どこに行けば乗客がいる可能性があるか」がわかるのだ。どんな人でも経験的に身につけていることでもあるが、データが蓄積していけば、その精度が格段に高まっていく。そこから京都の人の流動はどのように見えるか。

「朝は市街地の外から京都市内に流入してくる人の流れですし、日中は市内をぐるぐる回るパターンになります」


■GoogleMapでサービスの質を向上

これだけではない。GoogleMapも活用されている。車にはカーナビがついているが、ボタン操作など操作性に難がある。GoogleMapはピンチイン、ピンチアウトの動作が素早く行え、「今いる地点」だけでなく経路を示すのも簡単だ。地図からGoogleStreetViewにワンタッチで切り替え、地理案内に活用する。

「ビルなどを指定されるお客さんに"これですか?"と簡単に確認できますね」


日報データを自宅のPCに送信したりGoogleMapを利用するために、常にネットにアクセスすることが必要だ。そこでシガーライターソケットにUSB電源に変換するアダプターを接続して電源をとり、E-mobileの端末から常時接続を可能にしている。

京都のタクシーは観光地への小グループ客を乗せることを想定して、前席は運転席と助手席がつながっていて3人乗車できる、昔ながらのベンチシートを維持している。席がセパレートされている場合はオートマのセレクタの付近にグローブボックスがついているが、真ん中に座る客のレッグルームのための空間にとられるため、電源や配線のスペースが苦しい。だから、メーターやラジオのコンソール下の狭い空間を使ってきれいに配線が行われている。電源はiPadやiPhoneの充電にも使われる。ケーブルの1本は、ドリンクホルダーに収められたかわいいUSB加湿器につながっていて、水蒸気を吹き上げていた。


■モバイルコンピューティングの恩恵とは

「それ、何に使うの?」が、デジタル機器に常につきまとう課題である。iPadなどのタブレットPCを事業に応用しようとすると、観光案内などのコンテンツ先行型の事業に目が行きがちだが、コンピュータに何ができるかという素直な発想で自然に使えるというところに、筆者は感銘を受けた。

彼は、近々次なるステップへ移ろうとしている。資格をとって、個人タクシーの開業を目指すのだ。成績を上げ、会社の売り上げに貢献する努力が、そのまま「ひとりで生きる力」となる。まさにiPad(=タブレットPC)が個人をエンパワメントする好例である。


(冒頭の写真は停車中ですよ)