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ベンチャーが考えるべき「事業計画2.0」とは?

ベンチャーが考えるべき「事業計画2.0」とは?

波多野 謙介

コラボリズム株式会社 代表取締役で文系プログラマー。超朝型へのスイッチで、仕事と家庭の両立を目指す二児の父。

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みなさんは、どのように事業計画を書いていますか?

ベンチャー企業の経営者であれば経営革新計画や銀行に提出するため、事業計画を書くことがあると思います。これから起業を考えている人向けの本などを見ても、事業計画は起業にあたって重要なものとされているようです。

確かに自分の行うことを整理するためには事業計画は重要ではありますが、ベンチャー起業にとって事業計画とは書いている本人を物事の本質から引き離してしまう「ワナ」が含まれているものです。それは、計画売上と計画利益です。

Actual is not normal (a tribute to Edward Tufte)
Actual is not normal (a tribute to Edward Tufte) / kevindooley

ベンチャー企業と普通の企業の違いはなんでしょう?いろいろな定義がありますが、ここでは、「世の中にまだ無い新しいサービスや製品を成功させるべく活動している企業」をベンチャー企業と考えます。

こういった企業はいわゆる「キャズム」を超えていない企業です。キャズムを超えていない企業にとって、製品やサービスがいつコンスタントに売れ始めるかは予想できないものです。マイクロソフトやインテルでさえ、以前から提唱していた「ウルトラモバイルPC」というコンセプトが、いつキャズムを超えるのかについては予測できなかったですし、結局そのコンセプトをキャズム越えさせたのはiPadだったわけですから。

そう考えると、成功していないベンチャーによる製品の出荷本数予測は全くのあてずっぽうにならざるを得ないのですが、製品がいつまでも売れないような計画書は書けませんから、キャズム越えの難しさは「ユルく考えて」売上計画と利益計画を作成します。

無理のない計画に見せるには、ある時一気に会社が成長するのではなくコンスタントに成長する計画のほうが良いでしょう。そのようにして作成した売上計画は、次の左側の「こう見せたい」グラフのように一定の成長率で成長し続けるグラフとなります。(その結果、後に行くほど上昇カーブのきつい景気のよいグラフとなります。)

chasm_chart.png
しかし実際の成長は右のグラフのように、成長の踊り場をなんども迎えながらそれを乗り越えていくステップを経由して実現されるものです。「こう見せたい」グラフ、つまり願望グラフとはその内容は大きく異なります。


願望グラフが与える影響

願望グラフを書いてしまうと事業計画の詳細をグラフに合わせる必要が出てきます。
いや、実際にはあくまで製品の出荷本数を計画し、その出荷本数に製品ひとつ毎のライセンス料や見込まれる付帯サービスをかけることで数字を出すのですが、出てきた数値がグラフに合わせないと、いろいろな理由をつけて自分を納得させ、製品の出荷本数を増やすことで願望グラフに数字が合うようにする調整が行われます。そしてその数字に合うようにその他全てのもっともらしい理由が付け加えられていきます。

広告予算の計上、人材募集計画、広報計画、新製品の開発等、おもいつくありとあらゆる計画の数字が事業計画に盛り込まれてゆき、綿密に考えた計画には非の打ちどころが無いように見えます。しかしこの計画の根本は「現在の売上に毎年一定の成長率をかけて作成されたもの」です。間違った前提の上に積み重ねたロジックには普通あまり意味は無いものです。

願望グラフには重要な面もあります。達成が困難な目標に向かって、気持ちを一つにするための材料とする場合や、投資家や銀行にポジティブな印象をもってもらいたい時に使うものとしては重要です。しかし気をつけないといけないのは、我々がまだキャズムを超えていないことを忘れないようにすることです。そしてキャズムを超えていない企業は、願望グラフを元にした事業計画から卒業していわば「事業計画2.0」と呼べるようなものを作成すべきなのではないでしょうか?


事業計画2.0

最近のWeb開発の世界では、小さく作って素早くリリースし顧客の実際の反応を元に機能を追加、再度顧客の反応を見るの繰り返しで、短期間のうちに製品を本当の顧客ニーズにあったものにする手法が主流です。これは客さんが何を必要としているかは、実際の反応を見ないとわからない。という考え方が前提です。僕はキャズムを超えていない企業にとって、この考え方は正しいと思っています。

その前提に立つと売上や利益といった基準では事業計画を書くことができなくなります。しかし、売上や利益の無い計画は投資家や銀行にとっては意味がありませんが、経営者にとっての事業計画には今後の経営の指針と、計画の効果を後で検証するための数値があればよく、その数値が必ずしも金額である必要はないはずです。

例えば計画数値として「リリース後x日までに見込み顧客から製品に大しての評価をx件ヒアリングする」事といった、顧客の反応を基準とした数値を使えないでしょうか?その反応を元に顧客が購入に至るまでのステップを推測し、そのステップがどれだけ進んでいるかを計画達成の基準とするような事業計画が必要になってきているように思います。


ただしこの話は、あくまで対象企業がキャズムを超えていない場合に限られます。キャズムを超えていて、「金のなる木」や「花形製品」をすでに持っている企業は、具体的な長期計画を立てられると思います。また、大企業で、人員整理を中心としたコストカットを主軸に置く場合も、中長期計画は立てられます。事業計画2.0を必要としているのは、ベンチャー企業だけなのです。僕自身、事業計画の立て方については手探りの状態ですが、願望グラフを中心とした計画ではなく、もっと本質的な事業計画として「事業計画2.0」を作れるように努力していきたいと思います。

ちなみに、リクルート系の人には「アスピ目標」という言葉があるそうで、これは「ロジックないけど、想い」としての目標を立てる場合に使うそうです(nanapi:リクルートの人と仕事をするときに知っておきたいネタ)。

さすが。大きな会社には自分の指針を間違えないようにする言葉があるものだな、と思いました。




追記