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自分の沸点を理解する、ということ。

自分の沸点を理解する、ということ。

波多野 謙介

コラボリズム株式会社 代表取締役で文系プログラマー。超朝型へのスイッチで、仕事と家庭の両立を目指す二児の父。

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もう10年以上前の事になりますが、僕は工場向けの設備工事業務に携わっていた事があります。だから今でも10tクレーン免許はペーパードライバーながらも有効であり、下手くそながらTIG溶接なんかもできるはず。いつかは日曜大工なんかで腕前を活かしたいと思っておりますが、これは本筋には関係ありません。

で、その設備工事で働いていたある日のこと。工場に機材を設置するため、Uさんという人と一緒に現場に向かう事になりました。

このUさんはいわゆる一人親方的な存在で、自分で現場に入ると同時に何人か人を雇って会社を切り盛りしており、二十歳かそこらだった僕からすれば、ただただ「すごいなあ」と思うばかり。怒らせると恐い人ですが話は抜群に面白く、当時の僕にはおよびもつかない、濃密な人生経験をしてきたオーラが感じられたものです。

Welding
Welding / Drew Coffman

さて、現場についてみると機材を取り付ける場所が思った以上に狭い事が分かりました。このままでは機材を取り付ける事はできない。

仕方がないのでグラインダーという道具で鉄板をできる所までカットし、鉄板がユルユルになった所でバールで鉄板を引きはがし、必要な幅を確保する事とします。

Uさんがまずグラインダーを使い鉄板をカットして、しかるのちに僕と場所を交代。僕はバールを切れ目に差し込み「ふっ」とか「はっ」と気合を入れるも、鉄板というのは思ったよりも粘りがあるもの。生半可な事では動きそうにありません。

一向に進まない作業をみかねたのでしょう。Uさんは「借してみぃ」と言って僕からバールをもぎ取ると、恐ろしい勢いでバールを振るい始めました。

・・・それはなんというか、凄まじいというか、・・・バイオレンスな感じで、全身の勢いをバールに込め、鉄板を撃ち付け、こじり、突く。間髪いれずまた鉄板を撃ち、こじり、突く。その動きは僕のバール使いとは全然違う、この人とケンカしたら瞬殺されると感じさせる動き、生き物としての格の違いを感じさせる動きでした。

呆然とその作業を見守りながら、僕は「沸点の違い」を感じていました。僕が当たり前のように感じていた100℃という沸点は、僕の中の常識でしかない。この人は僕のMAXを遥かに越えて、300℃、400℃まで温度が上がる。

僕だけでなく、たぶん普通の人は知ってか知らずか力をセーブして振るっています。例えばシャンパンのコルクを抜くとき、抜けた反動で手がアゴにぶつからないように、セーブして力をいれるように。

しかし彼の場合は違います。彼は掛け値なしの全力で力を振るう。外すことを怖れない、危険をかえりみない。どんな危険が待ち受けていたとしてもねじ伏せる自身があるからなのか。

結局、僕が全く歯が立たなかった鉄板は彼の凄まじい勢いの前にあっけなく引き剥がされ、一丁あがり。機器の据付は無事に完了した。という訳なのでした。

Conor Pulls The Bus #1
Conor Pulls The Bus #1 / Tsar Kasim

自分の沸点とは?

その後、僕もUさんの仕事ぶりを参考にして、現場の仕事に取り組んでみましたが、ついに彼のようにはできなかった。たぶん、力を振るう作業において自分の沸点には限界があったのだと思います。

それから10年以上が経ち、僕は今では、ソフトウェアを生業にしています。バールを振るう事はもうありませんが、今の仕事では真に集中を求められる時、100℃を越えて300℃,400℃と温度を上げる事ができている実感があるようになりました。

それは単に業種の違いなのか、歳をとったからなのか、あるいはUさんのように責任のある立場になったからなのか。原因は分かりません。しかし結果として今、昔よりも高い沸点で仕事ができるようになった事は、今の自分が進んだ道が間違っていなかったと思える根拠にもなっています。

つまりは、あの時Uさんに感じた敗北感が、今の自分の立ち位置を理解するために役立っているという事なわけで。人生何が役立つかはほんとに分からないものだと、つくづく感じる、今日この頃です。