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書評:『なぜ人間は泳ぐのか?――水泳をめぐる歴史、現在、未来』

書評:『なぜ人間は泳ぐのか?――水泳をめぐる歴史、現在、未来』

出口 治明

ライフネット生命保険 代表取締役会長兼CEO。1948年三重県生まれ。京都大学を卒業。1972年に日本生命に入社、2006年にネットライフ企画株式会社設立。2008年に生命保険業免許を取得、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。

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第16回_なぜ人間は泳ぐ.png
リン・シェール (著), 高月園子 (翻訳)

気軽に読めるとても楽しい本だ。何事であれ、劈頭の出会いがすべてだ、と言う人がいるが、最初のページに、僕の大好きな絵(泳者の墓。パエストゥム)が置かれていたので、これはもう読むしかありません。

この本は、2008年の北京オリンピックで正式競技に採用されたオープンウォーター・スイミング(OWS)をテーマとしている。69歳のアメリカの女性ジャーナリスト、リン・シェールが、神話と伝説に彩られたヘレスポントス海峡を泳ぎ切る物語である。かつてアジア(アビドス)の若者レアンドロスは、海峡の向こう、ヨーロッパ(セストスの塔)に暮らす巫女ヘロと激しい恋に落ちた。夜毎、レアンドロスは海峡を泳いで渡り(現代のトルコ人の若者は40分ちょっとで泳ぐという)、ヘロと密会を重ねた。ある日、海が荒れて、レアンドロスは溺れ、ヘロは塔から身を投げた。この伝説に魅かれたバイロンも、また横断泳に挑み、成功している。リンは、1時間24分16秒で泳ぎ切るのだが、この本は、横断泳のスタートから始まり、フィニッシュで終わる。その1時間24分の間に、リンが、水泳の歴史や逸話を読者に軽妙に語ってくれるのだ。

アカデミー賞を受賞した名画イングリッシュ・ペイシェントの「泳ぐ人の洞窟」、ムスク(浮き輪)に乗って川を渡るアッシリアの兵士、古代中国の水中の戦士、豊かな歴史を誇った水泳は、水遊びすら異教徒の儀式と見なされたキリスト教の圧力で、中世に衰退していく。ルネサンスで復活した水泳は、アメリカ等の新大陸の先住民の熟達した泳ぎ振りによって、大きな刺激を受け、19世紀の水泳の世紀へと繋がっていく。

ところどころに挟まれたコラムが、まためっぽう面白い。「キリンは泳げるのか?」 ぜひ、皆さんも考えてみてください。水着やゴーグルをはじめとする水泳具についての記述も興趣をそそる。また、「水浴車」について知っている人はいますか?アメリカの著書らしく、水泳が大好きだった歴代大統領のたくさんのエピソードや、水泳にまつわるハリウッド映画の話も、そつなく収められている。

本書を読めば、水泳のトリヴィアが十分、得られることは間違いない。そう言えば、国際業務に従事していた6年間、旅行カバンには、いつも水着が入っており、朝起きたらホテルのプールで一泳ぎすることが日課だったことを、今更のように懐かしく思い出した。夏にふさわしく、水に誘われる本である。