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書評:『知ろうとすること。』
ライフネット生命会長兼CEO 出口治明の「旅と書評」
書評:『知ろうとすること。』
ライフネット生命保険 代表取締役会長兼CEO。1948年三重県生まれ。京都大学を卒業。1972年に日本生命に入社、2006年にネットライフ企画株式会社設立。2008年に生命保険業免許を取得、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。
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『知ろうとすること。』
早野 龍五(著) 糸井 重里(著)
東日本大震災の直後、小さいベンチャー企業を経営している僕のところにも様々な情報がもたらされた。中には、放射能汚染のリスクが高いので従業員を東京からすぐに避難させた方がいい、と真顔でアドバイスしてくれた人もいた。最終的には、平常通り業務を行おうと決断したが、その際、最大の拠り所となったのは、実は早野龍五先生(以下敬称略)のツイッターだった。誰よりも僕の心に響いたのは、淡々と平常心で数字やファクトを丁寧に根気強く発信し続ける早野龍五のスタンスだった。本書は、東日本大震災によって引き起こされた福島第一原発事故後の早野龍五の行動の有り様を糸井重里との対談の形でまとめたものである。読んで心を打たれかつ心を洗われた。この国には、まだたくさんの希望がある、と。
「序章 まず、言っておきたいこと。」で、2人は次のように述べる。糸井「正しい方を選ぶっていうときに考え方の軸になるのは、やはり科学的な知識」早野「原発の是非に関する問題というのは、非常にデリケートで(中略)とてもその場で『はい・いいえ』で答えられるようなことではない」。続く1章では、早野が「なぜ放射線に関するツイートを始めたのか」について語る。「自分でもよくわかんないんですよ」と。「何が起きているのか知りたい」ところが「グラフをつくって公開すると(中略)フォロワーが3,000人から一気に15万人ぐらいに増えた」「ぼくひとりでは追い切れないさまざまなデータをみんなで集めて共有する、ということが、3月のわりと早い時期にできた」。その後、早野は自らのふたつの被ばく体験(医療と中国の核実験)に触れる。
「2章 糸井重里はなぜ早野龍五のツイートを信頼したのか」それは大きな問題が起こったときに、「叫ぶ人は信用できない」から。「3章 福島での測定から見えてきたこと。」早野は、2人のお医者さんとの出会いをきっかけに、内部被ばく、とくに食べ物による被ばくを追跡すべく福島県の給食の陰膳調査を始める。その結果、「内部被ばくに関しては大丈夫だった」。では外部被ばくは?早野はD-シャトルという個人積算線量計を見つけ、ポケットマネーで50個購入する(今はD-シャトルに予算がついた)。そして外部被ばくも大丈夫だということを実証する。「4章 まだある不安と、これから」それでも住民の不安は消えない。女子中学生が早野に質問する「私はちゃんと子どもを産めるんですか?」早野「はい。ちゃんと産めます」。放射線で大事なのは「量の問題」。内部被ばくも外部被ばくも低いのに、それにも係わらず福島の避難地域に住む約21万人の半分近くの人が「被ばくの影響が遺伝するんじゃないかと考えている」。これは「非常に重大な問題」。事実がそのまま普通の人に伝わるわけではないのだ。糸井は言う「ひどいデマがあったり、不安をあおったりする人たち(中略)きちんと対処して撃破する必要もあると思う」と。一般論になるが、学者の、いや人間のもっとも大切な責務はいわゆる「トンデモ論」に対して、正しいデータを出して、「誠実で揺るぎない態度で」撃破することだと僕も強くそう思う。
「5章 ベビースキャンと科学の話」科学的な事実と住民の不安との間隙を埋めるため、早野は科学的には必要のないベビースキャンを作ってしまう。このベビースキャンは、不安を抱くお母さんたちとのコミュニケーションツールとなる。話はカリウム40から、僕たちの体が星のかけらから出来ていること、僕たちの体の中に一番たくさんある水素は138億歳であることが語られる。「6章 マイナスをゼロにする仕事から、将来につなげる仕事へ」早野は、自らの研究の本拠であるCERN(ジュネーブにある最大加速器を擁する原子核研究機関)に福島の高校生3人を連れていく。国際的な高校生のワークショップで、3人は「驚くほど内部被ばくが少ない」という発表を行って喝采を浴びる。ヨーロッパの生徒たちは「生きている人間が福島から来た」ことに驚く。日本の政治家や政府の高官たちは、これまで外遊して国際社会に一体福島の何を発信してきたのだろう?
事実はひとつしかない。歴史もひとつしかない。視点や解釈は異なるとしても。科学的なリテラシーはとても大切だし、「よりスキャンダラスでないほう」「より脅かしてないほう」「より正義を語らないほう」「より失礼でないほう」「よりユーモアのあるほう」の意見を選ぶという糸井の見識もとても参考になる。薄くて小さい文庫本にも係わらず、ここには社会をちょっとでも良い方向に動かそうとする「こころのありよう」や「知恵とノウハウ」の種が山ほど詰まっている。わが国の心あるすべての老若男女に、ぜひとも読んでほしい一冊だ。