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疾走する新幹線はどのように止まるのか 緊急地震速報体験記 

疾走する新幹線はどのように止まるのか 緊急地震速報体験記 

樋口 健夫

アイデアマラソン研究所所長 ノートを活用したアイデアマラソン発想法考案者であり、電気通信大学講師。現役時代は三井物産の商社マン。 企業の創造性トレーニングでは、ジャパネットたかたの全社員運動、アサヒビールでの研修などを続けている。独創性を命と考えている。

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疾走する新幹線はどのように止まるのか

     緊急地震速報体験記

 

京都から名古屋に全速力で走る新幹線のぞみ238号。
突然、室内照明が消え、非常灯照明に変った。
走行がガクンと落ち始めた。(停止する。何が起こった)

 新幹線の車内のあちこちで、携帯の呼び出し音が鳴った。私の隣にいたZ氏の携帯も鳴った。彼が取り出して見ると、「緊急地震速報です」と叫んだ。

 ゆっくりと停止モードの新幹線の車内のアナウンスで、静かに、ドスの効いた声で、
「緊急地震速報が出ました。緊急停止します。みなさま、大きな揺れに備えてください」停止するまでの運転手の緊張を感じた。
 これには仰天した。

 

 私は座席のテーブルに置いていたスーパードライの缶の残りを全部飲み干した。テーブルを戻し、大きな揺れに対処するため、靴を履き、足を踏ん張った。これだけのことをするに何秒かはかかっている。急停止であったが、何も反発や反動は無く、体が前のめりになるようなことは、まったくなかった。安定して停止していく。(新幹線は、こんな止まり方をするんだ。すごい)まだ何も揺れはこない。(無事にこのまま止まってくれ!)と祈っていた。

 私は携帯からヨメサンの携帯を呼ぶべく、発信しようとしたが、まったく発信は無理だった。家の電話も無理だった。NTTは緊急地震警報が出た途端に、全通話を切るようになっているのか。

 

 新幹線は、ゆっくりと音も立てず、速度を落としていき、車両は停止した。新幹線の運転手は、手に汗を握る思いだっただろう。(なるほど、全速力で走る新幹線はこのように停止するのか)更に数分がたったが、何も無かった。乗客も落ち着いていた。

 もう地震は来ないと安心したころ、私は急に強い尿意を思い出した。こちらの緊急警報がでていた。外はまだ残暑の中で、新幹線は冷房が切れていた。長時間停止になるかもしれない。取りあえず、トイレに並ぶ人が続出する悲惨な状態を避けるために、トイレに向かった。新幹線の自動ドアも動かず、手で開けた。トイレの水も出なくなっていた。

 

 トイレを済ませて、席に戻り、しばらくしたら、車内の電源が戻った。そしてアナウンス。再び、ドスの効いた声で「電気が回復しましたので、信号が変わり次第、出発します」とアナウンスがあった。そして、数分後、新幹線はゆっくりと動き始めた。

 私は、デッキに出て、携帯で東京のヨメサンを呼び出した。掛かった。
「はい、どうしたの」
「地震の件、知ってるか」
「知ってるわよ。家の警報が鳴ったもの。だから、(大阪の)お母さんに電話したわよ。大丈夫だって」
「おい、私も一応関西に出張しているんだよ」
「ああ、そうだったわね。今どこにいるの」
「今、新幹線の中だよ」
「新幹線は、止まったの」
「止まったよ。そして、今動いた」
「じゃ、いいじゃないの」
「おい、それで良いのか?まったく私のことを意識していないじゃないか」私は電話を切る前に切れた。「よく考えろよな」と、デッキで怒鳴った。

 

 席にもどったら、隣のZ氏は、彼の恋人から、「大丈夫ですか」と、ちゃんと問い合わせがメールで来ていた。余計に惨めに感じた。メールは生きていた。その時に思い出した。私が地震圏内にいるのだから、我が家の「防災規定」では、メールで、私が無事であることを家族に第一報を送る必要があったのだ。私もメールで一番に生存確認を家族に入れるのを忘れていたことを、思い出した。私の落ち度だったのだ。またヨメサンに謝ることが一つできてしまった。誤報だと分かったのは、このあとだった。

 

 新幹線が全速力で走行中、大地震発生の緊急警報を受けると、どのように停止するのかという、貴重な訓練体験をした。そして、新大阪から小田原までの新幹線の全車両が、15分停止して、その後、何事もなかったかのように、一斉に動き出し、そのまま平常運転に入り、品川到着時には10分遅れになっていた。こんなすごい鉄道運行管理は、世界中どこにもないだろう。もう一つ気が付いた。私の携帯の緊急地震警報が鳴らなかったのを、調べる必要がある。

                            2013年8月8日 午後4時55分