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音楽珍体験 その18 夢の音楽機械

音楽珍体験 その18 夢の音楽機械

樋口 健夫

アイデアマラソン研究所所長 ノートを活用したアイデアマラソン発想法考案者であり、電気通信大学講師。現役時代は三井物産の商社マン。 企業の創造性トレーニングでは、ジャパネットたかたの全社員運動、アサヒビールでの研修などを続けている。独創性を命と考えている。

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音楽珍体験 その18 夢の音楽機械

ユーゴスラビア、すなわちユーゴとスラヴィアがまだ一体だった頃、私は独りで鉄道旅行をしていた。ザグレブの駅で、3時間ほどの待ち時間を過ごしていた。駅はそんなに大きくなかった。天気は素晴らしかった。まったく雲が無い透き通った青い空だった。プラットフォームのベンチに座っていても、気分が良かったから寒い季節ではなかった。

鉄道大好き人間の私は、色々な国々で鉄道で旅行をした。世界の鉄道で、日本のように数分待てばやってくることは、ほとんどない。私はノートを取り出して、思いを書くか、本を読み始める。鉄道旅行では、いつも太い金属のチェインと防犯ベル(1973年以来のナショナル(現在のパナソニック社)の"110番ブザー"の愛用者で、車内では、しっかりとガードを固めていた。

ザグレブの駅のベンチで、本を読みだす前に、ソニーのウォークマンを取り出した。青い金属ケースに入ったウォークマンは、1979年に初めてソニーが売り出したものだ。初代のウォークマンはカセットだった。

私は当時、サウジアラビアに駐在していたが、日本に出張した時に、即購入していた。だから、静養休暇で、ユーゴスラビアを訪問したのは、1980年だと分かる。

ウォークマンを持って旅行する時には、カセットの詰まったケースを持っていて、クラシックやポピュラーの曲を10本ほど選んでいた。

当時のウォークマンには、今の飛行機内で用意されているような簡易のヘッドホンが付いていた。白黒写真とカラー写真の違いほど、初めて聞くとその深い音質と臨場感に驚いた。ウォークマンは、首を通したストラップのケースを左の脇腹に付けていた。聞いていたのは、きっとポール・モーリアあたりだろう。

ザグレブのプラットフォームのベンチで、ウォークマンを聴きはじめた時、隣に現地の若者が座って、同じように数時間待っていた。周りには何人かが立って待っていた。

彼は何もしないで、じっと座っていた。私はたぶん、彼に列車の到着時間を尋ねたのだろう。彼が片言の英語で答えた。私は日本人だと説明していた。

私は、自分のヘッドホンを外して、彼に差し出した。

一瞬、怪訝な顔をしたが、ヘッドホンを手に取り、帽子を脱いで、耳に当てた。初代のウォークマンは、最大ボリュームにすると、ものすごい大きな音を立てることができて、聞く人を仰天させられたが、目的はそれではない。適当な音量にしていた。

彼の顔が一瞬にして溶けた。目の焦点が崩れた。

「ワオー」

彼は、両手で両耳を押さえて、うつむいて、聴きはじめた。そうなるだろうとは思っていたが、それから30分ほど、私の左脇に付けたウォークマンと隣の若者は繋がっていた。

半時間後に、ヘッドホンを外して、

「日本は良いな。日本に行きたいな。こんな素晴らしいものをつくるんだから...」とポツリと、彼が言ったのを今も忘れることができない。
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