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ヨメサンとの思念通信の巻

ヨメサンとの思念通信の巻

樋口 健夫

アイデアマラソン研究所所長 ノートを活用したアイデアマラソン発想法考案者であり、電気通信大学講師。現役時代は三井物産の商社マン。 企業の創造性トレーニングでは、ジャパネットたかたの全社員運動、アサヒビールでの研修などを続けている。独創性を命と考えている。

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海外不思議体験 ヨメサンとの思念通信の巻
 
 先週のお祖母ちゃんの末期の思念で異常な体験をしたが、その次はヨメサンとの間だった。

 まだ、サウジアラビアに駐在していたが、ヨメサンが3番目の子供のお産で長男と二男を連れて日本に一時帰国した。そろそろだとは聞いていた。私も仕事をしながら気にはなっていた。それまでの2回のお産と同じ産院で、
「もう3回目になると、病院にも慣れてます」と、数日前に電話で話した。

 ヨメサンのお産は、気になりながらも、仕事は忙しかった。当時のサウジアラビアの勤務時間には、長い昼休みがあった。朝は8時から12時まで、午後は3時から7時までの勤務だった。

 その日も、昼に帰宅して、自分で作った昼食を簡単に済ませた。仕事の疲れがたまっている。少し眠くなった。昼寝には私は普通、15分から20分しか寝ない。それ以上寝ると、かえって起きた後も、本調子にならない。昼寝でも普通は15分のタイマーで目覚ましを掛ける。

 その日は、珍しくタイマーを掛けずに、ソファーで寝てしまった。どれだけ寝たのか分からないが、夢を見ていた。遠くの闇に、ヨメサンらしき姿の女性が、忘れもできないヨメサンの声で、
「たけお~」と、呼びかけてきたのだった。
 その瞬間、私はガバッと目を覚ました。

(うっ、ヨメサンだ。こりゃいかん。ヨメサンに何かあった)←私の単独での体験ですので、目撃者はいない。(当時、まだ携帯電話が無かったので、ヨメサンの実家に電話するか)と、寝ざめでぐらぐらする頭を抱えて起き上がり、台所に行って、冷やした麦茶を飲んでいた。
 グラスを持ちながら、居間へ行って、一心地ついて、(さあ、電話を掛けよう)としたら、電話が掛ってきた。
 父親からだった。

「さっき、産れたよ。やっぱり男の子だ。母子ともに元気だよ」という。
「いやあ、もう連絡があったよ。さっき寝ていて、夢の中で呼ばれて目が覚めた」
「へえっ?」と父親も驚いていた。

 日本とサウジアラビアの直線距離は7,8千キロはあるのだろうか。それでもあんなに明確に忘れもできないヨメサンの声が聞こえるなんて、マルコーニーもエジソンも真っ青な通信方法、すなわち思念通信が可能なのか、あるいは単純にこれは心理的な潜在意識と偶然の賜物か。

 私はその時の体験をヨメサンに手紙で書いた。そして、ヨメサンに、「思念通信が成功すれば通信費用が掛らずに話ができるではないか。次の似たような環境、トイレで頑張っている時などに、私の名前を呼ぶなり、私のことを念じてみてくれ。私がその時に寝ていれば、聞き取れるかもしれない...」なんて書いていた。

 きっと思念通信、すなわちテレパスは、存在すると思っている。次次次世代通信はこれだろう。通信の信号レベルに、勘の強さ愛情のレベルや執念の強さなんかが関係するのだろうか。

証言や目撃の有無 無しです。

教訓 単なる偶然とは思えないほど、時間がぴったり、こんなことって、不思議だ。