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食べ物珍体験 唐辛子のお返し

食べ物珍体験 唐辛子のお返し

樋口 健夫

アイデアマラソン研究所所長 ノートを活用したアイデアマラソン発想法考案者であり、電気通信大学講師。現役時代は三井物産の商社マン。 企業の創造性トレーニングでは、ジャパネットたかたの全社員運動、アサヒビールでの研修などを続けている。独創性を命と考えている。

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唐辛子のお返し
 4年半、商社の一人駐在所長として滞在したネパールのカトマンドゥでは、乾季の始まりの頃とか、終わりのころ、事務所の広い庭でよくバーベキューを開いた。
料理の素材では、通常は私がポケットマネーを出していたが、事務所に溜まっている雑誌や新聞などを売ったりした時の代金入ったら、それを機会にバーベキューをしていた。

 バーベキューの肉といっても主として、牛さんを神様扱いする人達だから、豚肉を焼く。元気の良い野菜を一杯焼きながら、ビールを飲む。

 豚肉も通常の「肌色豚の肉は汚いから食べない。食べるなら黒豚だけだ」という人も多い。肌色の豚は、裸の姿で、猥褻で、肌がズル剥けになっているように見えるのだろうか、イスラム圏でも同じような意見を聞いた。肉として並べたら、外の皮膚は見えないだろうと思うが、食べるなら黒豚だというのが、印象的だった。

 肉を焼く間、とうがらしを生で齧りながら、ビールを飲むのが、我が事務所のならわしだった。

 私は、今まで様々なところで辛い食事をしてきた。そのおかげか、私は相当辛い物を食べられるようになっている。普通の日本人よりもかなり辛いものに耐性ができているのではないだろうか。

 サウジアラビアの韓国料理屋で焼き肉を食べた時に、私は平然と食べて、別にどうってことはないのに、同僚の一人が「辛い、辛い」と騒いで、ポロポロト涙を流していたのを見て、慣れのすごさを思い知らされた気がした。

 その私でも、ネパールで緑色の唐辛子を食べて、口の中がひん曲がるほど辛い体験を何度かした。
 日本から来た出張者が、ほんの少し齧って、ぶっとんで食事もできなかったほどに「辛い、辛い」と訴えていたのを覚えている。爆弾的辛さだった。

 時には、親しいお客を呼んでバーベキューを食べることもあった。山のような野菜には、必ず小さな緑色の唐辛子が別の皿に置いてあって、これらはぼりぼりと生で食べていた。

 この唐辛子は、どうしてこんなに辛いのか、さきっちょをゴリッと齧ると、やがて、ジーンと辛さが湧いてくる。1本食べると口の中がしびれてしまう。涙が止まらなくなる。かなり辛いのに強いはずの私は、毎回挑戦するが、毎回大涙ものだった。

 それを悠然と同じ緑色の唐辛子を齧っているネパール人の所員。私が涙を出しているのを、ニコニコと笑っている。非常に悔しい。

 ある日、日本からのお土産でカマボコと本物のワサビをもらった。私の家でカマボコのスライスに、すったワサビを少し載せて、醤油をたらして食べる。これもビールには最高に合う。日本からの出張者とネパール人の所員も同席していた。

 すりたてのワサビは、鼻にジーンと来るが、本当に旨い。
「本物のワサビは最高ですね」と、言いながら、ふっと横を見たら、ネパール人の社員が、ボロボロと涙をこぼしている。いつも平然と唐辛子を齧って、私を笑っている男だ。
「あれ、どうした」というと、

「こんなに辛いのは、初めてです。これはたまらない」と鼻を押さえて泣いていた。確かに唐辛子は喉に辛さがくるし、ワサビは鼻にくる。日本人の私たちには、涙ほどではないが、ネパール人には、ワサビはまったく耐性のできていない辛さなのだろう。

 辛いと一言で括ってしまうのが問題だということだ。辛さの研究をしてみたいと思っている。