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iPadに見るAppleの製品リリース→ブラッシュアップまでの手法と哲学(2/2)

iPadに見るAppleの製品リリース→ブラッシュアップまでの手法と哲学(2/2)

生内 洋平

EGGPLANT楽団主催 株式会社デザインバンク代表 & アート・ディレクター 株式会社アニー・デザインオフィス アートディレクター ジャンルの垣根なく、仕事活動中。二娘のパパ。音楽は家族。デザイン・アート人生の相棒。創り続ける目的は自分と関連あまたの豊かさ創りです。

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前回はApple新製品のリリースポリシーを考えました 今回は、新製品を出した後、それが「製品」として成熟するまでのブラッシュアップストーリーを考えてみます。

Geekからの贈り物を最初に受け取るのは彼らの友人(ファン)

Appleの新しい製品を正解で最初に受け取るのは彼らのファンであり、友人であるあたらし物好き達。彼らもまた、Apple製品で自分の周りの人を驚かせよう、喜ばせようという友人達です。いわば外部制作ボランティアスタッフとも言うべき彼らは、自分の周りの人々へのインパクトを夢見て、製品のブラッシュアップの糧となるフィードバックを積極的に行います。
そんなフィードバックに対し、Appleは「聞くだけ」という基本姿勢で臨みます。

自社の製品に「似合う」方向性を見いだすチカラ

Jobsを始め、Apple社内のエンジニア達には、友人達が誠心誠意示してくれた(言葉は悪いけれども)有象無象のフィードバックの中から、「自社の製品に似合った方向性」を見いだすチカラがあるように思います。これはまさにブランド力であり、こういったチカラに秀でているスタッフと、それを統括するトップの存在はやはり大きいでしょう。

そしてセカンドリリース「スペック表が他社に追いつく」

そんな中でセカンドリリースとしてAppleがしたためるのは、カタログスペック上、他社にやっと追いついたかという印象です。
しかしそこに落とし込んである「体験」は他社を遥かに凌ぐクオリティです。
結果ユーザーは「同じ機能だけど、Appleが作るとこんなにも違うのか!」と感じ、一層製品のファンになる。これがAppleの基本的なやり口です。

いっぺんに他分野を狙わない戦略

考えてみれば、AppleはiPhoneという「世界最高の音楽ケータイ」を創りました。
初代iPhoneでさえ「音楽ケータイ」としての完成度は未だに(他社と比べて)最高水準です。
そんな感じで、ファーストリリースではある分野の完成度を異常なまでに高めようとします。それは、セカンドリリースで実験的な機能を盛り込む為の布石の意味もあるんだと思います。
そんなiPhoneは地道なアップデートを続けて、今では「世界最高のマルチメディアケータイ」です。これは戦略的には初代の音楽機能のブラッシュアップなしでは実現できなかったでしょう。「確実にファンを獲得して、ファンとともに次世代の端末を創る」
こうしたフローを本気で運用している企業は世界広しと言えども僕の知る限りAppleとDysonくらいです。

初代iPadに足りなかったものと、その狙い

iPadも類に漏れず、初期リリースでは「こんな事ができないのか!」と思わせる仕様でした。
IPhoneの時のガラパゴス携帯がそうだった様に、iPadの比較対象として多くの人があげたのは「ネットブック」。iPadリリース当時にはAndroidはまだまだ日の目を見ない存在でしたから、もっぱら比較対象がそれ以外に見つからなかったのです。
ネットブックとiPadの比較は、そのまま「ノートパソコンとiPadの比較」と括られます。

  • 写真・動画が撮れない
  • Skypeができない(音声のみ)
  • USBメモリが刺さらない
  • SDカードスロットがない
  • キーボードがない
  • Officeスイートが使えない

他にもあげればキリがありません。 この中にはSkypeをはじめとするTV電話系のアプリ実装の様に、iPhone用アプリの開発で地力をつけていたサードパーティが自力で実装したものもありました。
加えてAppleとしていずれは実装するが、カメラ機能のように初期段階で実装すべきでないと判断した機能もありました。
それは、製品のカテゴリ性を明確にするための手法だったのだと思います。
Appleが、iPadを届けるユーザーに何よりも体験してもらいたかったのは

  • YouTubeやiPhoneで撮った動画や写真を楽しむこと
  • Keynoteの新しい見せ方
  • 基本的にほっとけるバッテリー活用特性
  • 指で動かせるデジタル世界地図

この4点です。 基本的にiPadは地図にしても映像にしても動画にしても、観たり見せたりする事に特化した端末で、それらを編集することは前提としていませんでした。
できたとしても、Keynoteの最低限な手直しレベルです。

しかしiOS自体がMacOS XベースのOSである事からも容易に想像できる様に、これら編集機能はOSレベルでは当時からほぼベータレベルで実装済みの機能であり、Appleは初期リリース後、時間をかけてこれらのドライバをブラッシュアップしました。

これは観るための端末だ!という、いずれ布石として作用する主張

この、「観るための端末」というコンセプトは、iTunesに貯めた写真や動画を、もっと気軽に綺麗に見たい、見せたいというユーザーの根強い願いからきているように思います。「自分が面白いと感じたことを、他の人とシェアする最高の方法」としてのAppleからの回答です。
しかし、Appleはこの新しい端末のコンセプトをみんなに伝えるために、思いも寄らない意外な方法を用いました。

何でも見れる。本も見れる。

それが電子書籍端末としての提案であり、この「電子書籍」というメデイアの存在と、まるでページを本当にめくっているかのようなフィーリングが、映像や写真などとともに徐々にiPadで「観る」体験を素敵なものとして認識させていきました。
今でもサードパーティ含め最も優れていると思われる純正アプリiBookのページめくり感は、写真のスタック機能や、再生中のムービーのピンチインとともに、そういった「観る」体験を演出する為の、僕らに向けたプレゼンテーションの一つだったのではないかと思います。
そうしてAppleは、iPadを「編集作業や制作作業はパソコンでやればいい。これは観る為の最高の端末だ」と認識させていったのです。

セカンドリリースのキーワードは「コミュニケーション」と「アイディアメモ」

セカンドリリースでは、コミュニケーションとアイディアメモの機能を中心に拡充されています。
アイディアメモは、日々浮かぶ粗々のアイディアをざっくりとした形に落とし込むモノです。
コミュニケーションの具体的な機能として

  • 表裏カメラ実装
  • モーションセンサー実装
  • FaceTimeを用いた端末越えのコミュニケーションインフラ

を、アイディアメモの機能としては

  • iMovieのiPad対応
  • GarageBandのiPad対応
  • MacApp Storeを見据えたMacとの連携

を落とし込んできました。 単体の機能拡充だけでなく、同社製品間を通じたやりとりをスムーズにする試みはAppleが長い時間をかけてブラッシュアップしてきた事のひとつであり、あまり注目はされませんが、今後ジワジワと1番効いてくる機能です。

また、アイディアメモの領域ではGarageBandのMacとの連携がアナウンスされています。このアイディアメモは、その後メモとして制作した成果物をパソコンに持って行った時に、どれだけシームレスに本番工程にかかれるかが非常に重要で、現在では「互換」の表記にとどめているガレージバンドがどの程度の連携性をもって登場するのかは、音楽制作に携わる僕も楽しみなひとつでもあります。

あくまでサイトスターを目指したブラッシュアップ

そうして、Apple本体はあくまで分野を特定したスターを目指します。
ひとつひとつの体験のレベルをブラッシュアップしていくというスタンスです。
そうしたブラッシュアップの行程を踏むAppleの製品がオールマイティスターになるとしたら、それは(あまり現実的ではないが)分野別のブラッシュアップが一回りしたときか、もしくはサードパーティが創り出す素晴らしいモノとAppleの意図との相乗効果が最大限に発揮されたときでしょう。

Dysonにも通じるものづくりの根底

このポリシーと、ある意味似た考え方持っている企業があります。
それは、ロンドンからほど近い郊外の田舎町にある「ダイソン」です。
紙パックがいらない掃除機や、近年発表されて話題になった羽根のない扇風機「エア・マルチプライヤー」など、一風変わった製品をリリースしている企業ですが、彼らの哲学は一言で言えば「製品作りにデザイナーはいらない」です。
彼らのスタンスでは、デザインは「まやかし」と捉えています。真の機能美は大衆にとっても美しく、有用であるという哲学です。これは逆にいえば、エンジニアすべてがデザイナーの機能を果たしているとも言えます。「イノベーション(=未来にある普通のモノを創り出す)を目指すモノ作り」としては理想的な姿のような気がします。
良い製品を生む原動力としてエンジニアの魂を掲げ、エンジニアの可能性を極限まで高め、そして信頼している点に両者の企業文化の近さを感じます。

デザイナーとエンジニアって、いつから分業したんでしょう。
いいモノを創り出す気概やベクトルは、全く同じだと思うんですけどね。

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