「伊藤先生。こんな時間まで挑戦していたんですか？」

時計とクワガタ虫を交互に見るＷさん。

ひとつずつ手に取りじっと見つめたまま黙っています。

 

「うーん。工具の使い方が違いますね」

Ｗさんは手垢で真っ黒になった模型を取り上げると目測で材料を切り出しました。

そして黙々と私の目の前で作り始めます。

 

「ここは道具を使わない」

そう言うとワイヤーを指先で固定して軽く数回しごきました。

すると歯に寄り添うように巻きついていくではありませんか。

 

えっ！　こんなやり方があるのか！　

 

Ｗさんのやり方を見よう見真似で試してみると、あれほど言うことを聞かなかったワイヤーがウソのようにしなやかに曲がります。

まるで魔法のようです。

 

忘れないように何度も練習すると、徐々にワイヤーのくせがわかってきました。

 

「ひとつ覚えたぞ！」

うれしくて飛び上がりたい気持ちをぐっと抑えて心の中でガッツポーズ！

たったひとつのテクニックを覚えただけでも、とても大きな励みになります。

 

実は、その後も挫折の繰り返し。

そのたびにＷさんに泣きついてテクニックをひとつずつ覚えていくしかありません。

行き詰まるたびに指導を受けました。

 

練習、練習、ひたすら練習の日々。