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自発的行動をうながすためのストーリー

自発的行動をうながすためのストーリー

開米 瑞浩

社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。

当ブログ「開米のリアリスト思考室」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/kaimai_mizuhiro/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


 こんにちは。複雑な情報を構造化して目に見えるようにする知の職人、開米瑞浩です。

 原子力論考の8本目も書いたのですが、そちらはしばらく寝かせておくことにして、今回は私の本業そのものの話題です。


 先日ある方からこんなご相談をいただきました。

「会社で社員に、ある資格の取得を奨励したい。しかし、その資格は取得の手続きがわかりにくいこともあって、なかなかやる気になってくれない。手続きがわかりやすくなればチャレンジする社員が増えると思うので、それを意図して案内書を書いてみました。添削お願いします」

 というコメントつきで「○○資格取得ガイド」という案内書を頂戴したので見てみたところ、確かに手続きは分かりやすく書かれていて、特に直す必要もなさそうでした。

 が、しかし、その文書の使用目的、つまり「資格を取得しようとする社員を増やしたい」ということを考えると、「手続きのわかりやすさ」とは別な観点で、改善したほうが良いポイントが見つかりました。今回はその話を書きます。


■自発的行動が起きるまでの意識の動きを考えよう

 AさんがBさんに何らかの行動を取って欲しいとします。
 ただしそれは命令ではなく、Bさん自身がやる気になって、自発的な意志によってその行動を取るように仕向けたい、とします。
 「会社が社員の資格取得を奨励したい」というのもこれに当てはまりますね。

 人が自分の意識で何らかの新しい試みをしようと決断する場合、気づきから決断までの間に下記のような意識の動きが起きると考えられるため、これを参考に案内書のストーリーを組んでみると良いでしょう。




<A 注意喚起>
 まず最初の「注意喚起」は、案内書を手に取ったときに、「自分に関係がある話だからちゃんと読まなきゃいけない」と思ってもらうための仕掛けです。直接本人に面と向かって渡して「これは君に必要なものだからよく読んでくれ」と言える状況ではこの「注意喚起」は必要ありませんが、ポストに投函したり机の上に配っておいて、読まれることを期待する時には重要な要素です。

 例:学生や教職員に「結核」に注意してもらうための案内書を配るとしたら、下記2つのタイトルのうちどちらが適切でしょうか?

    A案:結核にご注意ください
    B案:長引く風邪? と思ったら結核の可能性を疑いましょう

 A案のほうは「結核なんて過去の病気」と思っている人には素通りされる恐れがありますが、そんな人でもB案の「長引く風邪」のほうは気になるはずです。自分自身じゃなくても、「なかなか風邪が治らなくて・・・」という友達がいる場合もあります。そのため、注意喚起という観点ではB案のほうが適切です。
 「現代でも結核に注意しなければいけない」と既に分かっている人はA案B案のどちらでも気になりますが、分かっていない人はA案には反応しないわけです。

 というわけで、対象者の注意喚起のために効果的なフレーズができるだけ早めに目に着くように目立つように書いておきましょう。


<B 興味/欲求喚起>
 注意喚起が「ひょっとしたら自分に関係があるかも?」という「予感」のレベルの話なのに対して、「興味/欲求喚起」は、「これは自分に必要だ、欲しい」という「確信」のレベルの話です。
 資格取得の話の場合、「その資格を取ることが自分にとってどんなメリットがあるのか?」という事項がここに該当します。

 「手続きが簡単だから、○○資格を取ろう!」・・・というのは変ですよね?
 「役に立ちそうだから、○○資格を取りたい! それに手続きも簡単だから、取れそうだ!」という流れで意識が動くはずですから、その「役に立ちそうだから」をアピールする材料を書かなければなりません。

 この種のメッセージは、既に資格取得した人からの「体験者の声」として紹介するのが最も効果が高いので、社内の資格取得者で「仕事が出来て人間的にも素晴らしい先輩」にあたる人に登場願いたいところです。


<C ネガティブ反応>
 ところが、「欲求」が出たところで同時に出てきやすいのがネガティブ反応です。

    「忙しいから、無理だよ」
    「頭悪いから、無理だよ」

 といったものが代表格です。要は「あきらめる口実を探して、やれない理由を考える」という反応ですね。このネガティブ反応を後続のD・E・Fの段階で解消することで「よし! やっぱり、やってみよう!」という「決意」が得られますが、そのためにまずはネガティブ反応を自覚してもらう必要があります。
 それには、「資格を取りたいという気持ちはあっても、でも、難しいとも思ってるよね?」といった問いかけの形が効果的です。

<D 実現可能性指標値の確認>
 ネガティブ反応を解消する仕掛けの1つがこれ。人は「失敗に終わる努力」はする気になれないものです。「合格率3%の試験(例:2005年以前の司法試験などがこのぐらい)」に挑戦する気力のある人はあまりいないでしょう。もしその気力のある人なら、案内書の書き方には関係なくやるはずで、案内書次第で左右されるのは「その資格に挑戦しようという固い決意」・・・は持っていない人です。そのため、実現可能性がある程度高い場合はそれを明示しておくことが効果的です。
 (逆に、低い場合は強調せずにおく)
 たとえば合格率が50%ぐらいあるようなら、普通に勉強すれば必ず受かる試験と見ていいので、その数字をはっきり書くことで「実はそれほど難しくない」という印象を与えることができます。

<E 実現可能性固有値の確認>
 一般論としての実現可能性は高くても、その人固有の事情で難しい、という場合もあります。
 たとえば、「運転免許はほとんどの人が取れる資格だけれど、視力検査があるので眼鏡が壊れているときは受験できない」といった固有の事情で「その人にとっては難しい」という場合もありますね。
 そこで、そういった固有の事情をチェックできるようにわかりやすく書いておく必要があります。
 「手続きをわかりやすく書きたい」というのはこのレベルの話ですね。

<F 決意>
 すべてをクリアしていったところで「やろう!」という決断の時です。
 ここでは、その決断が歓迎されることであり、会社が大いに期待している、という「勇気づけるようなメッセージ」を使います。「君のチャレンジを待っている!」といった応援メッセージが顔写真付きで載っていると効果的でしょう。


■まとめ

 以上、「本人の意志による行動」はおおむねこのような意識の動きを経て起こります。
 そこで、この動きに沿った形で案内書を書くように、工夫してみてください。