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北朝鮮飛翔体に関するJアラート発令が無かった件を考察してみるの巻

北朝鮮飛翔体に関するJアラート発令が無かった件を考察してみるの巻

開米 瑞浩

社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。

当ブログ「開米のリアリスト思考室」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/kaimai_mizuhiro/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


前回記事の続きです。

「自分で考える」ためには、

極力
、一次情報に当たること
一次情報を自分で整理する習慣をつけること


が重要だと書きましたが、「一次情報を自分で整理する」というのはどういうことか、実際1つやってみましょう。

前回記事で触れたTV朝日報道(*6) では「総理官邸では、ミサイル発射の情報を把握していたにもかかわらず、自治体などに知らせる全国瞬時警報システム「Jアラート」を作動させませんでした」と、Jアラートを使わなかったことを批判する論調で書かれていました。しかし前回書いたように、一次情報に当たってみるとどうもこの解釈は正しいのかどうか疑問が出てきました。

そこで、もっと詳しく追ってみることにします。具体的には

【想定】問題の性質上、本来はどうあるべきなのか? を考え
【現実】現実にはどのように行われたのかを確認し
【評価】想定と現実のギャップを見て、適切だったかどうかを評価する

という手順でやってみましょう。

まずは「想定」です。このチャートをご覧ください。



これは北朝鮮の飛翔体が日本国内に影響を与える(落下する)と考えられるケースについて、その事態の進展をチャート化したものです。上から下の向きに時間が流れます。以下、1つずつ説明していきます。

左端の列は打ち上げが正常に進展した場合。この場合は特に迎撃(落下物を破壊)する必要はありません。ただし、発射から打ち上げ成功までの途中に「危険ゾーン」という区間が存在します。どういう区間かというと、この間にロケットが異常を起こすと日本国内に落ちてくる危険がある区間です。要は、ある程度飛んでから故障した場合は領土・領海内に落ちてくる可能性があるわけです。

そこから1列右に寄ったところが、「異常時」でかつ「日本の領域に落ちてくる」というケース。危険ゾーンに入ってから何らかの異常が発生するとこうなります。「異常発生」のあと、実際に落下の危険が高まったと判断されるまではタイムラグがあります。

一方、このシーケンスに対して米軍は発射時点から探知する能力を持っていますが、自衛隊は持っていません。自衛隊の探知能力は発射後ある程度の高度に達してからです。(*1)

さて、この一連のシーケンスにはT1からT8まで、判断のポイント(タイミング)が8箇所あります。またそこで取りうる、あるいは取るべきアクションがA1~A5まで5つあります。

まずは発射直後T1時点でその情報が 「A1 米軍から日本へ通告され」るはずで、実際ここは予定通り行われました(*1)
しかしこの段階では自衛隊はまだ探知できません。

T2 までいくと自衛隊も探知できるようになります。高度で言うと地上100km以上のようです。今回はぎりぎりそのぐらいまで飛んで落下したと考えられています(*1)。 「危険ゾーン」が始まるT3はT2よりも後です。

T2を過ぎT3を過ぎても、正常に飛んでいる分には特に問題ありません。 問題が起きるのは T4の 異常発生 があった場合。ここでいう「異常発生」というのは飛翔体が予定の軌道から逸れる、ということで、そこから実際落ちてくるまでは数分の時間差があります。

で、「T4 異常発生」 の後、「T5 危険が増大した」 と判断されるタイミングがどこかに来ます。 (逆に、異常が起きても危険がない、と判断されるならほっといてもいいので)

日本としてはT2からT5までの間に以下の3段階のアクションを取らなければなりません。 A2 状況を正確に認知し、 A3 危険性を評価し、 A4 国民へ警報を発令する ということです。

で、問題は Jアラートをどの段階で使うべきかです。A1の段階で使うべきかA4の段階で使うべきか。
官房長官の回答をみると、「A4段階で使う想定であったが現実はA4まで到達しなかった。したがってJアラートを発令しなかったのは想定通りであり問題ない」という回答です(*5)。



これを批判する場合、論点が2つあります。第1には、「いや、A1段階でJアラートを使うはずだったではないか」というもので、一部報道(*6)はこのスタンスで書かれていました。
第2に、「そもそもA1段階でJアラートを使う想定にするべきだった」という批判もありえます。

さて、一番妥当な考え方はどれでしょうか・・・?

以下は私個人の意見ですが、「Jアラートでの警報発令タイミング」については、官房長官の回答通りで問題ない、と考えます。

今回の事案は北朝鮮が「人工衛星の打ち上げ」という名目で予告し、招待客まで呼び寄せている中で行われました。日本に向けた弾道ミサイル攻撃があるとはほとんど考えられない状況であり、この状況下のA1段階で「国民に直接届く警報を発令」するのは過敏すぎます。

仮にA4段階まで待って警報を発令しても2,3分は退避の時間が稼げると考えられるのに対して、A1段階で出すとそれが5~7分程度に伸びます。時間が延びることは自体はメリットですが、A1で出してしまうと必要もない退避行動を全国民に誘発し、かえって事故を起こす恐れもあります。武力攻撃事態の発生が強く想定されている状況でもない中で、A1段階で「国民に直接届く警報を出す」のはさすがに過剰反応でしょう、ということです。以上、これは開米の私見でした。

なお、今回の飛翔体の事案はぎりぎりT2ぐらいまで飛んだところで落ちたようで、A3 危険性の評価 の必要さえなかったものと思われます。Jアラート警報を発令しなかったことで日本政府を責めるのはさすがに無理筋ではないでしょうか。

問題があるとすると、官邸対策室において A2 状況の認知 が適切に出来ていたか、またその発表が適切だったかどうか、であり(*2, *4)、こちらについては私も「一部問題あり」と考えます。が、その話はまた別途書くことにしましょう。

ここまで書いてきたこの記事の本題は「日本政府の対応を擁護すること」ではなく、「自分で考えるために一次情報を自分で整理するサンプルを見せること」なのです。ひょっとすると忘れられているかもしれませんが実はそうなのです。

今回書いた1枚目のチャートが「一次情報を自分で整理して書いたもの」です。常識的に考えて分かることと、官邸、防衛省、消防庁などの公式ソースおよび報道機関ソースの情報から、妥当な「想定」を整理して書いたものがあれです。こういうものを書いておくと、「現実はこうだった」と誰かが批判したときに、その批判が一理あるのかないのかを判断できます。

もちろん、これが非常にめんどくさいのは確かで、だからこそ本来はその「めんどくさい作業を代わりにやる」のが報道機関の役割のはずですが、困ったことに単に政府批判をしたいだけでろくな分析をしない報道機関・記者が少なくありません。まったく、困ったものです。


(注:本稿に掲載しているチャートは転載可です)


*1時事ドットコム 届かぬ軌跡「何だこれは」=打ち上げ失敗に安堵も-防衛省
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2012041300346

*2官邸対策室お知らせ(3) 「北朝鮮が、人工衛星と称するミサイルを発射したとの一部報道について」
http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/northkorea/2012/240413osirase.html

*3宮古島基地 発射情報で信号弾 「今回の発射を巡っては、国から自治体などへ情報を伝えるJアラートは使われませんでしたが、防衛省・自衛隊の内部では情報が伝達されていたことになります」
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120413/k10014417691000.html

*4政府、ミサイル発射公表遅れ=前回誤発表で慎重、裏目に
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012041300277

*5官房長官会見の要旨=北朝鮮ミサイル
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012041301060

*6政府関係者「不意を突かれた...」官邸は情報出さず
http://news.tv-asahi.co.jp/news/web/html/220413051.html

*7 宇宙クラスタ(一部軍事クラスタ)による北朝鮮ロケット打ち上げ失敗の考察
http://togetter.com/li/287683

*8 「10カ所のレーダーで確認。約10分間飛行」防衛省
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220413029.html