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憲法改正デマの話(9)公共の福祉を公益と認めない理屈

»2012年12月29日
開米のリアリスト思考室

憲法改正デマの話(9)公共の福祉を公益と認めない理屈

開米 瑞浩

社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。

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 社会人の文書化能力向上研修を手がけている開米瑞浩です。本業とは何の関係もありませんがこのところ憲法改正問題について思うところを書いています。

 前回書いたように、1945年の第二次大戦敗戦後の占領政策の中で「倫理・公益嫌い」になった人々にとって、日本国憲法の「公共の福祉」条項は「邪魔」でした。あれがあると、「社会の事情」つまり「公益」によって人権を制限できる根拠になってしまうからです。ところが、現実に憲法の条文にその文言は存在します。

 そこで彼らは

「公共の福祉」は「公益」ではない。
「公共の福祉」も「人権」に根ざす概念である

 という理屈をひねり出そうとしたわけです。

 そうして生まれたのが

【一元的内在制約説】
公共の福祉とは、人権相互の矛盾を調整するために認められる実質的公平の原理である。

 という説で、憲法学者・宮沢俊義が唱えたものです。

衆憲資第31号 「基本的人権と公共の福祉に関する基礎的資料」 (衆議院憲法調査会事務局発行)
【一元的内在制約説】
 宮沢俊義により主張され、先の(1)と(2)の両説を統合した、現在の通説とされる学説である。
 ①公共の福祉とは人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理である。(以下略)

 たとえば「表現の自由」と「プライバシーの権利」といったものの対立であれば「人権相互の矛盾を調整するために、人権を一部制限できる」という理屈が成り立ちます。が、すべてがそれで説明できるわけがないので、一元的内在制約説というのは端的に言って「へりくつ」以外の何者でもありません。司法試験でこういう解答をしたら不合格でしょうが、私は別に司法試験を受けるわけじゃないので、はっきり言います。「へりくつ」であり、「妄言」です。

 ところがそういう「一元的内在制約説」が「現在の通説」だというわけです。

 なぜそんなことになっているのか、それもハッキリ書きましょう。

 「憲法学」界が左翼の巣窟だったからです。

 簡単に言うと、法律を学んで法律事務所を開業しようとするような人間が憲法学なんぞ興味を持つわけがないので、「憲法学」を専攻して食っていけるのは大学の中だけなんですね。憲法学界というのはもともとそういう意味で左翼傾向を持った人間が集まりやすい構造をしているため、「憲法学界の通説」といって鵜呑みにしてはいけないわけです。

 そして、「公益」概念をどうしても認めたくない左翼憲法学者達が、「公益」を使わずに「人権が一部制限される」理由づけをしようとしてひねり出したへりくつが「一元的内在制約説」なのですよ。

 こういうものは、議論が「憲法学」界という狭い世界にとどまっている間は「通説」として通用しますが、憲法改正が政治課題となって一般市民を巻き込んだ議論になったらそのとたんに「ンな、アホな」で終わりです。そんな理屈が普通の市民感覚に通じるわけがないですから。

 ちなみに、その「一元的内在制約説」を唱えた宮沢俊義という人物は、もうひとつ、「8月革命説」というおかしな理論(へりくつ)を唱えています。これは、

「1945年(昭和20年)8月のポツダム宣言受諾」により天皇から国民へ主権の所在が移行し、法的に一種の「革命」(八月革命)があった。そして新たに主権者となった国民が制定したのが日本国憲法であり、アメリカによって押しつけられたものではない

 という理論です。これもまた、「ンな、アホな」で一蹴されるような話なんですが、こういう解釈が長らく通説としてまかりとおってきたのが「憲法学」界です。

 ちなみに、と、ちなみにが続きますが、実は「8月革命説」というのはもともとは政治学者の丸山眞男が考えたもので、それを宮沢俊義が丸山の了承を得て法学的に再構成したものと言われています。
 丸山眞男の名前は有名ですが現代ではどういう人物かあまり知らない人が多いでしょう。この人は「戦後民主主義を代表する知識人」の一人であり、60年安保闘争を支持した知識人として大きな影響を与えた人物です。さらに言うとその丸山の思想の原点にあったのが「講座派」というマルクス主義者の一派であり、当時の日本共産党の理論的バックボーンになったグループでした。

 「一元的内在制約説」というのはそういう背景を持った人々が提唱したもので、それが左翼の巣窟である「憲法学」界で通説扱いされるのも、その構図がわかれば納得がいくというものです。しかしそれは国民的に広く認められた議論ではありません。

 いろいろと書いてきましたが、前回も触れたように
 

 「公益」を認めたくない人々は「人権」だけを根拠に「公共の福祉」を説明できる理論付けを求めました。「一元的内在制約説」でそこのつじつまは合わせたわけですが、これだけでは「倫理」の部分がまだ抜けています。

 「倫理」というのは、「社会的」で「変わらない」価値観である必要があります。「人権相互の衝突を調整」というような「調整」の余地など存在しない、そういうものが「倫理」なので、「人権」で「公共の福祉」は説明できても、「倫理」まではカバーできません。

 かといって放置するわけにもいかない・・・のはなぜかというと、人間はどうしても「心の拠り所」を求めるからです。「これを守っていれば大丈夫」「私は正しい行いをしている」と信じられる、常に変わらない真理、そういうものがないと人間はなかなか心やすらかに生きていくことができません。

 そこで、第二次大戦敗戦後の占領政策の中で「倫理・公益嫌い」になった左翼系の人々は、それまでの「倫理」の代償を必要としました。その「代わり」として彼らが選んだもの、それは・・・・・(つづく)