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イノベッド【一次選考通過作品】

イノベッド【一次選考通過作品】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 ねててもなんでもでーきーるー。

 

 感動も、安息も、満足も、生命維持もこれ一台。

 

 イノベーションベッドinoBed。

 

 驚きの価値を、驚きのプライスで。

 

 そのCMはテレビを、インターネットを、雑誌を、電車内を圧倒した。あっという間に勝敗が決した天下分け目の大戦のような速度で、話題の中心となっていった。


1.どうなのこれ?(参考URL)
2.2ゲット。
3.欲しい。
4.マジで? 企画倒れ臭がプンプンするんだが。
5.何イノベーションって。ただのベッドじゃないの?
6.リンク先見ろ。テレビ見られる。
7.えらく偏った説明だなww
8.要は家電をベッドと一つにしたみたいな感じだろ。テレビとパソコン(タブレット?)、ブルーレイレコーダー、電子レンジみたいな調理器、ダイエットマシン、冷蔵庫等々。
設置工事すればシャワーとかトイレもいけるみたいよ。(参考URL)
9.マジか......。
10.誰が望むんだよww
11.なんでもできるって、彼女もできますか?
12.お前の努力次第でな。
13.これ、元は介護ベッドじゃないの? 上体を自動で起こしてくれるみたいな。
14.そういう機能もあるみたいだけど、どうなんだろう?
15.そうだよ。介護分野では結構前から展開してるけど、それを一般に持ってきた感じ?
16.元々は僕が中二のときに書いた発明ノートがきっかけでした。(参考画像)
17.確かにそれっぽいww
18.こんなのあったらいいな、って冗談で書いたやつを、悪ふざけで製品化しちゃった感じ?
19.実際どうなんだろう......購入者の意見求む。
20.で、いくらなの? オープンプライスって書いてあるけど。
21.こんなもん。(参考URL)
22.10万......高い。
23.驚きのプライスって、そういうことかww
24.何言ってんだ。合体してる機器を考えると全然安い。50万したっておかしくないくらいだぞ。
25.ベッド自体はどうなんだろう。
26.ここの。(参考URL)
27.マジか......すげえいいやつじゃん。
28.ちょっと欲しくなってきた。
29.ベッドだけでも買う価値ありってことか。
30.引きこもり生産装置について語るスレはここですか?
31.うるせえ引きこもりw
32.確かにこんなのあったら駄目になりそう。
33.元々ベッドから出られない奴が何言ってんのww
34.スマホにしてからその傾向が......家で過ごす時間はほぼベッドww
35.便利過ぎる道具は人を堕落させるからな。
36.と言ってるお前の部屋は使いもしない家電とPCパーツだらけだろ? オタク。
37.文明の利器を利用しない手はない。
38.ロハス?
39.なんか昔ロボットに支配される世界みたいなのを描いた映画、なかったっけ。
40.産業革命前のほうが人は幸せだったとか物知り顔で言う奴は、服も着るな。
41.そもそもそんな奴はここを見ていないわけだがww
42.確かにww
43.そういやこれ、どこが作ってんの? 海外メーカー?
44.製品ページ見ろ。すぐ出てくるだろ。(参考URL)
45.社名もinoBed......聞いたことないけど。
46.ちゃんと見ろよ。合弁会社だって書いてあるだろ。
47.......ほんとだ。
48.日本企業か。しかも提携しそうにない超大手同士が複数社。どうしたこれ。
49.海外で負けっぱなしの日本メーカーが世界に逆襲するための一手だ。
50.社員か?ww
51.社員じゃないけど期待したいね。テレビデオみたいな複合機器は元々日本が得意とするところのはずだし。
52.テレビデオww
53.確かに。ガラケーも結果的に世界には普及しなかったけど、正直スマホの何倍も先を行ってたから。
54.機能的にはな。
55.けどそれで巻き返しにベッドってww
56.馬鹿言え。睡眠周りのビジネス市場はまだ伸びる。少なくとも日本で、睡眠に悩みを抱えるビジネスパーソンは多い。(参考URL)
57.このベッド凄いね。床暖房的に温めてくれたり、逆に冷やしてくれる機能もあるんだ。(参考URL)
58.すげえ。ちょっと欲しくなった。
59.質のいい睡眠を目指すための機能もある。寝てる間の寝返りとか呼吸もモニタリングしてくれて、睡眠分析とアドバイスもしてくれる。もちろん眠りが浅いときに起こしてくれるアラーム機能もある。(参考URL)
60.神ベッド......。
61.やべえ。安く思えてきた。
62.騙されるな。牛丼なら600杯は食えるプライスだぞ。
63.睡眠分析ならスマホだけでも同じことできるし。
64.2万円にならないかなあ。


 「か、って、み、た......と」

 

 男はinoBedの上で、寝転がりながらキーボードを打った。


 inoBedが高い、と言われていたのはもう数ヶ月前の話だ。

 

 今や株式会社inoBedは保険会社と提携、保険の掛け金と一緒に月々3,980円を上乗せするだけで全自動ベッドが手に入る(実際はリース)というサービスを開始した。

 

 その後も電話会社、電気会社、水道会社......月額で支払う仕組みを持った法人と次々に提携、「今支払っている料金が少し変わるだけで、生活は大きく変わる」という広告手法も功を奏し、まるで大ヒットゲームタイトルのような速度で普及が進んだ。

 

 持つ人間は持たない人間に口コミをして、持たない人間は物欲を刺激され、いつしか羨望を抱くのが不自然ではなくなった。

 

 こうして全自動ベッドinoBedは人々の生活に浸透し始めた。


 男はリモコンのボタンを押す。

 

 ベッドの下から円盤状の物体が出てきて掃除を始めた。

 

 キーボードが設置してあるテーブルボックスの右側にある簡易水道で手を洗い、電子レンジに入れておいた簡易調理パッケージを取り出し、食べる。

 

 その間も足下のほうにある大画面モニタでは会話が続いている。

 

 時折男もそれに参加した。大画面の右側にはテレビ放送が流れており、20代の会社員が駅のホームで人を刺した、というニュースが流れている。

 

 まったく便利なものを作ってくれたもんだ。

 

 もう何日も男は部屋を出ていない。

 

 それどころかほとんどベッドから降りてもいない。

 

 トイレは備え付けのホースから済ませられるしシャワーモードに移行すれば寝床を濡らさず、まるで洗車機のように全自動で洗いから乾かしまでやってくれる。

 

 寝っ放しでも身体が痛くなったら組み込まれているマッサージ器を稼働させればいい。

 

 医療機器としても使われているEMS(Electrical Muscle Stimulation......直接筋肉を電気で刺激して、身体を動かさなくても運動しているのと同じ状態にする器具)が搭載されているので、ダイエットすら動かずにできる。

 

 ネットに繋がっていれば世界の誰とでも繋がれるし、ビジネスだってやれる。

 

 男は複数のプログラム言語を扱うソフトウェアエンジニアで、個人開発したスマートフォン向けアプリをネットで販売して生活費を稼いでいた。


 満ち足りた薄暗い部屋の中で男はひとり呟く。

 

 俺はなんて幸せなんだ。俺はなんて幸せなんだ。


 inoBedの他にはタンスしかないその部屋が、男にとって世界の全てだった。


(投稿者:桜庭三軒)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。