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医者の給料教えてやんよ!【一次選考通過作】

医者の給料教えてやんよ!【一次選考通過作】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 本給支給額 169,536
  (日給 10,596  日数 16)
 給与支給総額 169,536
 
 共済短期 7,790
 共済長期 13,909
 労働保険 1,017
 所得税 2,820
 
 現金支給額 144,000
 
 「これがこないだの給料明細。医者三年目でも大学病院勤務だと、こんなもんだよ。」

 そういってやや自嘲気味に給与明細をテーブルに放り投げると、3人の好奇の目がいっせいに集まった。

 最近オープンした多国籍料理店は満席状態で、店内はオレたちと同じような「いかにも」な感じのグループで賑わっていた。

 4人掛けテーブルの対面には今夜紹介された女性が二人。保育士さんって言ってたっけな。

 社会人の割にはちょっと幼い印象のリエは好奇心のいっぱいの様子で、一方お堅いOLっぽいサトミは興味深げな目でオレがテーブルに置いた明細を食い入るように見つめていた。

 「ねーねー、これ記念に写真撮ってもいい?お医者さんの給料なんて見たことなかったもん。」とリエがはしゃぐ。

 おいおい。いいわけないだろ・・・
 

 事の発端は、昨夜の電話だ。高校の同級生で、飲み友達の井沢から突然飲み会の誘いが入った。

 聞けば「男2対女2」の飲み会で、幹事役だった相棒が突然キャンセルになってしまったとの事。久々の合コンをつぶしたくない一心でオレに白羽の矢が立ったというわけだ。

 いつもだったらこんな突然のオファーには到底乗らないのだが、昨夜のオレはかなりささくれ立っていた。

 二年間の臨床研修を終え、名目上は-あくまでも名目上に過ぎないが-いっぱしの医師になったと思いきや、大学病院のくだらない雑務で夜中まで働かされていたオレは、積りに積もった鬱憤を晴らすべく二つ返事で誘いに乗ることにしたのだった。

 ・・・思えば飲み過ぎてたのかも知れない。ちょっと悪乗りして給料明細見せるなんてことしちゃったんだろうな。

 

 しばしの沈黙の後、隣に座ってた井沢があきれ顔で言った。

 「ところでさ、まさかお前いつもこんなもの持ち歩いてんの?それともこの飲み会のためにわざわざ?どっちにしてもちょっと引くわー。」

 「んなわけないだろ。今日は25日でちょうど給料日。職場でもらったのがたまたま内ポケットに入れっぱなしになってただけだよ。お前が医者は給料貰い過ぎだ~とかうるさいから見せてやったんだよ!だいたい、お前日頃は公務員でがっちり安定が一番。医者とか割に合わないことよくやるねぇっていっつも言ってるじゃねぇか。まったく。」

 そう。この軽い男・井沢は似合わないことに公務員なのだ。

 

 「えっと、これって一か月分のお給料なんですよね?思ってたよりずっと少ないんですけど、お仕事は大変なんですよね?」

 とサトミが身を乗り出して訊ねてくる。

 「え?うん。そうだねぇ。基本的に休日はないよ。平日は朝7時から働いて、夜はまちまちだけど日によっては0時を超えることも珍しくはないかな。でさ、明細の日数は16日ってなってるでしょ。これって書類上は週に4日しか働いていないことにされてるんだ。実際は土日休日もほとんど毎日働いてるよ。勤務時間も9時5時って書いてるけど、実際は全然違うんだ。これってあんまりだと思わない?だいたいさ、自分や家族が診てもらう医者がこんな安月給だったらイヤじゃない?」

 「そうですねぇ」

 「ホントホント、ちょっとひどいよねー。」

 女性陣は同情と賛同の声をあげた。ああ、ちょっとだけ心が晴れる。
 

 「おい。おまえちょっと隠してないか?こないだ飲みに誘った時、『夜のバイト』があるから無理だとか言ってたろ?バイトの給料はどうなってんだよ?そこには入ってないじゃねーか。たしか一晩泊まるだけで4万とか土日で10万とか言ってなかったっけ?」

 「う。いや、そりゃ確かに『夜のバイト』はあるよ。お前が言うとおり、だいたいは『寝当直』って言って、当直室でぼーっとしてるだけだから、割がいいっちゃ割がいいかも知れないけどな。ただ、普通に仕事終わってから病院飛び出して、バイト先行ってさ。一晩泊って朝起きたらそのまま病院に直帰なんだぜ。土日にも行ってたら自分の時間なんて全然なくなっちまうよ。缶詰状態なんだぜ。たまにだけど急変あったら夜通し働くこともあるし・・・」

 いかんいかん。なんだか言い訳じみてきたな。喉が渇いてきたよ。

 「あ、ビールおかわりね。」

 

 「えー、でもそれで10万貰えるなら、ワタシやりたーい。」

 「その『バイト』って月に何回くらいするんですか?えぇ、3-4回くらいですか。・・・それだけで私達の給料楽に越えちゃいますね・・・」

 やや形勢が不利に。

 「いやいや。問題はそこじゃないんだ。いいかい、そもそも・・・」とさらに熱く語りだす。あー、喉が渇くぜ・・・

 「だいたい転勤ばっかりで退職金なんてほとんど・・・ないんだ!」

 「3/30付けで解雇だから、3/31は無年金状態なん・・・だ!」

 「労働基準法なんて全然適応されないん・・・」
 
 
 
 「あーあ。完全につぶれちゃってるねー。どうする?」

 「そうですねぇ。お店の前で寝てても迷惑ですし、お家に運ぶしかありませんよね。井沢さん、お願いできますか?」

 「げ。やっぱそうなる?ま、しょうがないか。んじゃ、タクシー拾って乗せてくよ。ホント今日はごめんね。よかったら埋め合わせさせてよ。またね。」
 

 「さーて、サトミちゃん。ワタシ達も帰ろっか?」

 「そうですねえ。井沢さんたち、無事にお家に帰れるかしら?」

 「大丈夫よぉ。それよりさ、さっきのお医者クンどうだった?ワタシはちょっとパス。なんかイメージと違っててちょっとがっかりかな。もう少しゴージャスなイメージだったのにぃ。」

 「うーん。私は・・・
(数年前に行われた臨床研修制度の改正によって、研修医の給与面では若干の改善があったものの、依然徒弟制度的な教育制度が厳然として存在している大学病院では若手の給与、待遇等の改善など話の端にものぼることはない。高度先進医療と臨床研究の基礎を担う若手の給与が先のような有様ではこの先も多寡が知れていよう。が、しかし、『夜のバイト』の例にもあるよう、民間病院に行けば、あるいは国公立でも常勤の医師となればあと数年で年収1000万を超えることも可能だろう。先行投資として考えればまだ十分にペイできる案件であると判断できるので、)
明日電話してみるよ。なんだかほっとけないよね。」
 

 「へー、そうなんだぁー。やさしいね、サトミちゃんは。」

 「そんなことないですよ。ふふ。おやすみなさい。」

(投稿者:LK

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。