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中国ビジネスはいつも「想定外」との戦いだ【一次選考通過作】

中国ビジネスはいつも「想定外」との戦いだ【一次選考通過作】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 山田が勤めている会社は小さな輸入商社で、中国との貿易業務が殆どだ。社長は日本人だけど、従業員9人のうち、中国人は5人もいる。山田は昔中国の大学に留学した経験があるため、流暢な中国語を喋れる。社長も彼の才能を買って、海外購買担当にした。中国の機械部品を輸入してきて日本会社に売るのだ。
 

 午後、山田は訪問先から会社に戻ったら、すぐ社長に呼び出された。

 「お前、これをどうするつもりだ?」いきなり社長に怒鳴られた。

 なんと去年11月に中国の工場に注文した品物は生産進捗がかなり遅れてしまって、現在2月になっても全く出荷してくれる気配はない。納期にも間に合わなさそうで、日本側のお客さんはもうカリカリだという。

  「......」山田は黙っていた。

 「責任をとってもらわんとな」

 「......」山田はまだ黙っていた。

 「お前、明日中国に行って来い。解決できんなら、もう帰ってこんでいい」

 「はい、分かりました」

 仕事で怒られるのは、山田にとって日常茶飯事だった。余計なリアクションすればするほどますます怒られるから、彼はいつも無抵抗の姿勢を取った。これは山田の心得だった。

 

 結局、翌日から中国に2週間の出張で、工場に入り現場の責任者と直交渉した。なにしろ2月は中国の旧正月なので、工場で働いている出稼ぎの従業員は仕事放棄して殆んど田舎に帰ってしまうのである。旧正月になると工場は約1ヶ月稼動停止となる。これも中国の独特な商習慣であった。

 山田は中国側の社長に日本側の事情を説明した。何となく社長は理解して、近所に帰った従業員を呼び戻して残業するよう手配してくれた。やっと納期に間に合わせた出荷スケジュールが固まった。山田は少しホッとした。

 

 後日、中国側の社長が設けてくれた宴会で、アルコール53度の白酒の勢いで工場の責任者が愚痴をこぼしてきた。

 「日本のお客さんの要求って、難しいよな。中国製だから、何でもかんでも安くせぃ安くせぃって必ず言ってくる。だって同じ材料同じ加工方法で、同じコストがかかるじゃないか」

 「中国の人件費が安いってよく言われてるけどさ、あれはもう過去の話だよ。日本からの注文を取ると、もうね、利益が殆んど出ない状態なんだ」

 「注文は、もっと早めに出してくれないか?俺たちも段取りってもんがあるからさ、いつも納期がぎりぎりになる。注文が来たらすぐ作ってくれって言われても、無理だよ。」

 山田は我慢強く聞いた。この場で反論しても何の役にも立たないと思いながら、心の底には「まあ、でも一理あるよな。。。」と認めざるを得なかった。

 

 だが、中国ビジネスはいつも「想定外」との戦いだ。

 工場は山田と約束したスケジュール通りに出荷してくれた。運良く船の予約も取れてコンテナに積んで出港を待つだけだが、海上の天候が悪く船がなかなか出港できなかった。

 日本に戻った山田は毎日のように電話で中国の海運会社に問い合わせしていたが、「天候不順で、いつ出港できるか分かりません」と感情の込もらない回答ばかりだった。

 山田は最悪のシナリオを書きながら、淡い希望を持ち続ける毎日を過ごしていた。やっと5日遅れて港から出航された。その情報を電話で聞いた山田は思わず「やった!」と叫んだ。

 

 笑うのはまだ早かった。荷物が順調に日本の港に入った翌日、通関会社から一本の電話が来た。「御社の荷物の通関書類は不備があった」という。聞いてみたら、なんと船荷証券(ふなにしょうけん 注1)の数量と重さの記載を間違っていたのだ。

 「そんな初歩的なミスをする奴があるか!?」山田は絶句した。仕方なく旧正月で休んでいる中国側のパートナーに電話した。「お休み中悪いけど、通関会社にお願いして正確な書類をもう一度作ってくれないか?」

 「今どこの会社でも休みだから、難しいよ、山田さん」パートナーが難色を示しながら「一応交渉してみましょう」と応じてくれた。

 やっと、2日かかっていろいろなコネを使って、新しい船荷証券を送ってきた。すべての通関手続きを済ませてお客さんの倉庫に配送した。お客さんの納期にぎりぎり間に合った。山田はやっと肩の荷が下りた。

 

 山田は平穏なサラリーマン生活に戻った。が、平穏な日日はいつも短かった。

 

 一週間後、山田はまた社長に呼ばれた。

 「お前、中国でちゃんと検品してきたのか?お客さんは不良品が出たって文句を言ってきたぞ。さっさとお客さんのところに行って来い」


(注1)船荷証券とは貿易における船積書類のひとつ。船会社など運送業者が発行し、貨物の引き受けを証明し、当該貨物受け取りの際の依拠とする。船積書類のうち、もっとも重要な書類である。(wikipediaより)

(投稿者:林剛)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。