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最強の高校野球データベースを作った男

最強の高校野球データベースを作った男

伏見 学

神宮球場外野席、もしくは横浜スタジアム内野席でのノマドワーキングに憧れています。普段は「@IT情報マネジメント」という媒体の編集者として粛々と働いています。

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 いよいよ、今年も全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)が始まります。今大会は、エース・島袋洋奨投手を擁して春夏連覇を目指す沖縄代表の興南や、33年ぶりの出場となる神奈川代表の東海大相模など、早くも話題に事欠きません。この夏に1度も負けることなく、栄冠に輝くのは果たしてどの学校なのか。8月7日の開幕から約2週間、手に汗握る熱戦を期待します。

 さて、夏の高校野球の主催者である朝日新聞社がインターネット(asahi.com)で速報サービスを行っているのは、高校野球ファンならずともご存じの方は多いのではないでしょうか。

 全国各地で大会予選が過熱化した今年7月のアクセスPV(ページビュー)は、平均600万~700万PV/日、ピーク時には2000万PV/日に達しました。通常、asahi.comの平均PVが1000万/日(月間3億PV)ですから、いかにその数字が高いかは容易に理解できるでしょう。

●過去のデータと連動せず!

 asahi.comにおける高校野球の速報サービスは、1996年に地方大会速報がスタートし、1999年にはNTTドコモの携帯電話サービス「i-mode」での速報配信も加わりました。2000年からは甲子園本大会での一球速報を実施するなど、サービスがグレードアップし、ほぼリアルタイムに近い、半イニングごとのデータ提供も可能になりました。こうしたサービスの向上はユーザーからも高い評判を得ていたのですが、運営側ではさまざまな課題を抱えていました。その大きな課題の1つがデータの非連動です。

 試合結果や各高校の成績など、毎年同じようなデータをシステムに入力するのに、それぞれは単独のデータにすぎず、データベースとして年度をまたいで引き継がれていなかったのです。例えば、2年連続で甲子園に出場した高校があるとします。その高校の前年の甲子園戦績や地方の勝ち上がり成績を見たいと思っても、過去データへのリンクはなく、わざわざ別のWebサイトに飛んで確認しなければならないなど、ユーザーにとっては非効率で使い勝手の悪いものでした。

 そこで、過去と現在のデータを連携させるようデータベースを一元化するなどして、ユーザにまつわる従来の課題を解決しました。具体的には、2006年までのデータを集約し、2007年夏にすべてが統合化された高校野球データベースをリリースしました。

 現在は、第1回からの甲子園本大会データ(センバツ含む)と、2006年から現在までの地方大会(春、秋含む)、エリアごとの大会(関東大会など)、明治神宮大会に関するスコアが閲覧可能で、それらを全国の高校ごとにひも付けています。

 こうしたサービスは他に例がありません。いわば最強とも呼べるこの高校野球データベースを立ち上げたのが、朝日新聞社 デジタルビジネスセンター プロデューサーの洲巻圭介さんです。


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朝日新聞社 デジタルビジネスセンターの洲巻圭介さん。手前に見えるのは巨大な岩ガキ



●「海の家方式」からの脱却

 なぜ、このようなデータベースを作ろうと考えたのですか――。

 この問い掛けに対し、洲巻さんは「自分にとって便利なものだったから」と即答。確かに私のような野球ファンにとっても便利な代物ですが......。もう少しビジネス的な観点で具体的に伺ってみると、「さまざまなムダを取り除きたかった」とのことでした。

 上述したように、2005年までは地方大会、本大会の試合データを入力しては、しばらく経つとそれらをすべて消去し、翌年にはゼロから同じシステムに新しいデータを入力するという「海の家方式」(洲巻さん)での運用だったため、せっかくデータを構築しても持続的に生かすことができない状態でした。

 もう1つ、社内での業務プロセスにも大きなムダがありました。地方大会の速報サービスは、都道府県ごと(※より詳細に述べると、各球場から東京、大阪、西部、名古屋という朝日新聞の4本社にFAXでスコアが送信されてきて、それを各本社で入力していた)でばらばらに運営していたため、例えば、○○県はほぼリアルタイムでスコアが入力されるのに、××県は試合が終わってから一気にスコアが反映されるなど、地域ごとにサービスレベルのばらつきがありました。

 そこで、まずは業務プロセスの改善を図るべく、2004年に地方大会の速報サービスに関する業務の統一化に着手しました。従来の慣れ親しんだ仕事のやり方が変わるため、各支局や各本社では戸惑いの声があったようですが、単に業務の効率化だけを叫ぶのではなく、速報サービスのPVや収益性など、ビジネス的な価値をきちんと説明しながら、スタッフに納得感を持ってもらうよう努めました。

 現在では、球場からのスコアデータ送信はFAXを廃止しデジタル化されたほか、試合のスコア速報を伝える電話サービスは、高校野球システムと連動して2年前から自動的に音声変換されるようになりました(それ以前は担当員がその都度、音声で吹き込んでいたそうです)。


●社内外のリソースを活用し、システムの精度を高める

 それと並行して、過去から現在までのデータをつなぎ合わせた高校野球データベースの構築作業を進めました。

 高校野球のデータベース構築に際して、これまでの方法だと(新聞社でよく見られるように)社内独自のシステム構築が一般的でしたが、「野球のことをよく知っているほうが優れたシステム開発ができるはず」(洲巻さん)として、スポーツデータの専門会社であるデータスタジアムと協業し、より精度の高いシステムを目指しました。

 例えば、本大会における1球ごとの速報データは、これまでasahi.com側で入力していましたが、現在はデータスタジアムに業務委託し、asahi.comでの打席速報作業は行っていません。データスタジアムの協力によって、球種や球速などの細かいデータが提供可能になったほか、asahi.com側の業務負担が軽減し、少ない人数で運用できるようになりました。


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本大会での速報サービス画面(クリックで詳細画像に)


 システム構築の段階で大きな課題はなかったと洲巻さんは語りますが、あえて挙げるとすれば、過去の試合データの構築、検証に苦労したそうです。ここ20~30年のものであれば、朝日新聞社が保有する記事データベースなどから詳細データがすぐに手に入るものの、約100年前の第1回大会となれば正確なデータの入手は困難を極めます。そこで、社内のリソースだけでなく、野球史研究家の森岡浩さんや「熱球譜‐甲子園全試合スコアデータブック」(2006年東京堂出版)などの筆者である恒川直俊さんといった外部の方々の協力を仰ぎ、データベースを作り上げていきました。

 高校野球システムを作る上で、CGM(Consumer Generated Media:消費者生成メディア)の要素も取り入れようと考えていました。その1つが「応援メッセージ」という掲示板サービスです。高校別に掲示板機能が用意されていて、ユーザーはさまざまなメッセージを書き込むことができます。書き込み件数は地方大会の期間で平均500~1000件/日ですが、この数字は毎年変わらず安定しているそうです。「地方大会は各高校の出身者に対するイベント的な要素があるので、(必ずしも強豪校だから書き込みが多いというものではなく)、自分の母校が勝ち上がるほど注目度は高まり、書き込みの量が増える傾向にあります」と洲巻さんは話します。

 実際に応援メッセージの書き込みデータを見てみると、例えば、甲子園初出場を果たした長野県代表の松本工業は、一昨年、昨年とほとんど書き込みがなかったのに、今年は急増しているのが分かります。


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 今後、高校野球データベースはどのように発展していくのでしょうか。「新しい機能を次々に追加していくのではなく、現状の枠組みの中で深みを持たせていきたい」と洲巻さんは語ります。例えば、詳細データの乏しい過去データの充実を図ったり、同データベースを他媒体や他サービスに横展開して新たなビジネスモデルを考案したりしていくようです。特に後者については、デジタル化された1つのデータソースがあれば、それを複製やリンクするなどして1度に多くの場所で活用できるという、IT(デジタル)だからこそ成せる業だと強調します。

 まだまだ高校野球データベースの進化は続きます。