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経済政策は意味あるところから!

経済政策は意味あるところから!

マイク 丹治

セールスジャパンという、中小企業・ベンチャー企業向けの営業代行・販路開拓の会社で会長を務める傍ら、いくつかの会社の顧問に就任しており、更に政策シンクタンク・構想日本で政策提言を行っています。

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自民党政権に期待が高まっていますが、注文をいくつか。デフレ脱却という言葉が独り歩きしていますが、そもそもデフレとは景気後退そのものの結果である一方で、要は国民の将来への期待と裏腹

そこで、ではインフレ目標を2%とすれば、それがデフレ脱却につながるのか?国民は、経済が低迷する中でインフレが進めば益々生活は苦しくなると感じるのでは?要は、インフレ目標を示すだけで良くなるわけではなく、実際に意味あるところに金が流れないと逆効果ということ。

ましてや、本来政府からの独立性を求められる中央銀行にアコードとか言って圧力をかけるのは、民主党政権の時代から実施されるようになったが、やはりやってはいけないことではないか?金融政策は日銀が独自に担当すべきものだと考えます。

それよりまずは実際に意味ある分野に資金が流れること。この観点で一体どこを当面のターゲットとするのか不明確だが、あえて一言言えば、いろいろと資金使途に疑惑も出たが、やはり災害復興分野が一つ。

但し、この関連では、一番重要なのは、資金を出すだけでなく、これを実際に進める人、モニタリングする人など、事業をきちんと進められるようにする体制整備。一方で大学を出て就職先もない若者がいるのであれば、もちろん原発周辺などは避けるべきだが、このような若者たちに、復興の一翼を当面担っていただくという発想もあって良いのではないか?

それから、やはり新たな技術やサービスの分野への開発投資。もはや競争力の復活は期待できないルネサスよりも、これからの独創的な分野に積極的に投資をしておくことが、今後の経済の成長につながります。一番注力すべきは原発の内部検査や廃炉関連の技術

政府が1兆でも2兆でも資金を用意して、世界に冠たる日本の一流企業などを総動員して技術開発をさせれば、未だに何が起こっているか分からない福島原発の状況を把握できるようなロボットが出来あがり、そしてこれを安全に廃炉に持ち込む技術が出来るのではないか?

今、わが国として一番困っている分野をきちんと認識し、この分野に集中的に資金を投じるべきだと思います。これが実現すれば、それこそ世界中にこの技術は生かせるはずですし、そもそも原発事故で世界に多大の迷惑をかけた日本が、これを自ら短期的に解決して見せれば、海外からも評価されるはず。除染も大事ですが、根本的問題に取り組んでいる様子がないのが、さすがに如何かと思っています。

原発はあくまで一例ですが、まず取り組みべき分野だと思います。同時に、今の状況下では、どんなに金融緩和しても、金融機関の融資態度がBIS規制や過去の経験による保守的態度から変わらず、結局中小企業や新たな分野へは資金は回らないのが現実です。

その意味で、政府が思い切って新規事業分野に資金を投じるというのが、まずはデフレの気分脱却に重要。但し、この分野でも復興資金同様、単にカネを出すのではなく、実際に事業どう進めるかなど、他の民間の知恵も借りながら運営支援をしていく必要もありそうです。技術はあっても、経営の知恵のない経営者がいるのは事実なので。

もう一つは、先進諸国と比較しても、ある意味必要以上に整っているわが国の公共インフラの保守。結局現在の政府債務残高が以上に大きいのは、わが国の公共投資が経済規模に不適切なくらい行われたということ。その反省は重要ですが、一方でこれらが老朽化してきているのは先日のトンネル崩落で証明されています。

大規模地震が予測されるところからすれば、早急な補修などが不可欠。この分野も失業対策には効果があるので、是非進めるべきだと考えます。但し、ここでも注意が必要なのは、今あるインフラがすべて永久に必要かどうか、見直す目でしょう。統計上もわが国は経済規模に対するインフラの資産量が世界との比較で圧倒的です。

財政赤字の状況を考えると、永遠にこれらのインフラを維持して補修し続けることは不可能に近いという現実に着目し、単に保守点検をやるのではなく、その過程で将来の姿を描くということも含めて実施すべきだと思います。つまりその一部は廃棄するということも念頭に置くということです。もはや何でも便利が良いということで、これらをすべて維持することは正当化できません。