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1月9日 徳~というより悟りの話(#231)

1月9日 徳~というより悟りの話(#231)

森川 滋之

ITブレークスルー代表、ビジネスライター

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自問自答)大事だと思うことを要求する!自分に強く要求する!自分で悟る!

このブログのタイトルは、「<『松下幸之助 成功の金言365』のページタイトル>~<筆者のつけたサブタイトル>(#一日一言の通し番号)」という体系になっています。

たま~に同書のタイトルに首をかしげることがあるのですが、今日のはまったく的外れです。

松下幸之助さんが、「徳」について質問されて、それに対して「徳のような複雑で、何をどうしろと言えないような話は、自分で悟るしかない」と答えた――という話なのです。

悟るためにはどうしたらいいか。それは、強く求めることだと、松下さんは言います。

お釈迦さまが悟れたのは、倒れて気絶する瞬間でも宇宙の真理を知りたいと思ったからだと。

勉強でも仕事でもビジネスでも趣味でも何でも、ホッと悟る瞬間があります。

最初はまったくやり方が分からない。最初は教科書・参考書を読み、ひたすら練習をして、なんとかそれなりにやれるようになる。

面白ければ、あるいは必要性が高ければ、そこから本気で極めたくなる。毎日そのことだけを考えて試行錯誤するようになる。

最初は急速に上達するのですが、必ず停滞期がやってきます。分かっていた気になっていたけど、実は本質が見えていなかったことに気づく。

そこで、本質に目を向けて、一生懸命に考えると、今まで分からなかったことが、スッと分かる。私は、こういう現象を悟りと呼んでいます。

悟りには大きなものと小さなものがあり、小さなものだと数ヵ月に1回来ます。

大きなものは、数年に1回あるかないか。

大きな悟りが来る前には必ず大きな停滞期があります。多くの人は、半年から1年ぐらいであきらめてしまいます。悟りが来る前にあきらめてしまうわけです。

この間にも小さな悟りは必ずあります。それを糧にすることが、あきらめない秘訣かもしれません。

私自身、この5年間は大きな停滞期でした。今年は大きな悟りが得られる予感がしています。あきらめていません。

あきらめない理由は、大きな停滞期だったとはいえ、やはり数ヵ月に1回は小さな悟りを積み重ねてきた実感があるからです。

今日の一言)大きな悟りの前には大きな停滞期があるため、多くの人が大きな悟りが来る前にあきらめてしまうが、その間にもある小さな悟りを糧にするとよい。