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差別化と価格適正化のための提案書入門

差別化と価格適正化のための提案書入門

森川 滋之

ITブレークスルー代表、ビジネスライター

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少々驚いた話を最初にする。

友人のK氏らと飲んだ時に、100ページの提案書なら最初の5ページで勝負が決まるという話をした。僕はこれを「提案書の5%ルール」と勝手に呼んでいる。20ページの提案書なら最初の1ページで決まるという計算だ。

そういう話をしたら、K氏が面白がってくれて、翌日facebookにこのことを書いた。ただし「100ページの提案書なら、5ページ」というような、割合ではなく物理量だけに触れた書き方だった。

提案書で苦労した経験がある人が、K氏の記事に「いいね!」を押していたようだ。ところが世の中には、とんでもないコメントをする人もいる。

「素晴らしい提案書って1枚で分かるものじゃないの? 最初の5ページというけれど、小生100ページどころか5ページも提案書は書けませんね。そんな必要もないし。」

たしかに、上司に提出する「企画書」であれば、1枚で書けというようなことをよく聞くし、またそのとおりだと思う(それでも、企画のプレゼンテーションの段階になったら、1枚の資料でやれるわけはないが)。

しかし提案書は、仕事を受注するのがゴールだ。受注規模に応じて適切な提案書の枚数の目安というものがあるはずだ。

10億円規模の案件で5ページの提案書というのはそのままゴミ箱に捨てられそうだし、逆に100万円規模の案件で100ページもの提案書を出したら発注側は迷惑に思うだろう。

どちらも発注側に(ある意味)サプライズを与えるだろうが、契約に結びつく確率は極めて低い。

まとめると、僕は「提案書が1枚で書ける」と言う人がいることに少々驚いたのだった。

●提案書について知る人は少ない

よくよく考えてみると、驚くに当たらないのかもしれない。そもそも、「提案書」というのがどういうものか知っている人が少ないからだ。

見る機会がある人も少ないだろう。全社会人人口の1割ぐらいだと思われる(こんなものにデータはない。あくまでイメージである)。書いたことがある人は、多く見積もってもその半分ぐらい。つまり5%ぐらいだろう。

一部上場企業の仕入部門にいる人が、自分の周囲は100%提案書を読んでいる、だから森川が間違っているというのはあたらない。あなたの環境が特殊なだけだ。

なので、さっきのコメントを書いた人も、提案書をよく知らずに企画書みたいなものだろうと思ってコメントしただけなのに違いない。

こういう事情なので、企業における提案書教育はお粗末である。僕の知る限りでは、社内でプレゼンテーションの研修をやる企業はたくさんあるが、提案書作成の研修をしているところはない。仮にあったとしてもごく少数だろう。

では、どうやって提案書が書ける人材を育成しているかというと、標準化とOJTの二本立てが現在の主流と思われる。

ここでいう「標準化」は、はじめて提案書を書こうとする人に対して、「これを見て書け」というものがあるということ。そのレベルは幅広く、標準フォーマットと文例、FAQなどが整備されているような企業もあれば、先輩の書いた提案書がファイリングされているだけという企業もある。

あとは、実際に提案書を書かせて、レビューをし、本番の経験を積む。これがOJTだ。

提案書を書く仕事につく人は、少数であり優秀だ。なので、今までは、これでも何とかなってきた。

しかし、これからもこんな感じで本当にいいのだろうか?

提案書が書ける人がもっともっと増えるべきではないのだろうか?

●ライター募集に提案書を書く

提案書を書くかどうかは別として、提案というのはどんな仕事でも必要だろう。

工場勤務や事務など顧客と折衝しない現場でも「提案活動」というのは重要視されている(この手の「提案書」なら書いたことがある人も多いのかもしれない。また、冒頭のコメントはこちらの意味かもしれない。ならば改めて、この記事でいう「提案書」は、受注を勝ち取る目的で顧客に提出するものだとしよう)。

ましてや、顧客との折衝が中心である営業マンや経営者にとっては(もちろん個人事業主も)、提案ができるということはとても重要なことのはずだ。

実際、提案がなく、ただマニュアル通りに売ろうとする営業マンほどうざいものはない。

提案ができるということは、仕事を取るために必須のことだと思う。

ましてや提案書が書ければもっと有利なはずだ。

と思った僕は、ライター募集の仕事に提案書を書いてみることにした。

ライターが提案書???

●差別化と適正価格化のためには提案書が最適

以下、顧客企業とそのアイデアが特定できない書き方をする。

コンサルティング企業A社が、創立××周年記念で、社内向けにストーリー制作をすることにした。ある方からの紹介で、僕はその仕事の面接を受けにいった。

僕は紹介案件だったので、価格とスケジュールの折衝をして、それで決まりだと思っていた。ところが、どうやらコンペだということが分かった。見積を出して欲しいという。

話を聞く限りでは難しい仕事だと思った。プロのライターであれば文章を書くのは簡単だが、取材にはかなりの専門性が必要である。こんな仕事を見積価格の比較だけで決められてはライターもたまらないし、またA社の失敗確率も高まるだろう。

そこで、僕は提案書を出すことにした。

そもそも提案書など出すライターはいないだろうから、それだけで差別化になる。

さらに、その提案書の中には、その仕事にいかに自分がふさわしいかを書くことにした。当然差別化のためだ。

同時に、かなり高いスキルが必要な仕事だということをA社に理解してもらうように書いた。このことで、僕の見積が適正だということと、あまりに安い見積を出すライターにはこの仕事は不可能だということを暗に示した。

つまり差別化と価格適正化のために、僕は提案書を出すことにしたのだ。

そして、A社内での1ヶ月の検討後、受注することができたのだった。1ヶ月の検討期間だから、かなりの数のライターから見積を取ったんだろうなあと思う。価格勝負になっていたらたぶん来なかった仕事だ。

●勝つための提案書テクニック

ただ提案書を出すだけで仕事が取れるほど世の中は甘くない。提案書一つでもそれなりのテクニックやノウハウがある。

そこで実際に提出した提案書(ただし、顧客とそのアイデアが特定できそうな部分は隠した)を基に、仕事を勝ち取るためのテクニックについて語っていこう。

2014051801.pngサンプル提案書.pdf

■重要な「はじめに」

今回の提案書は、表紙・目次・奥付を除くと15ページというものであった。

この15ページには「はじめに」を含んでいる。

100ページを超えるような提案書なら、「はじめに」は単なる挨拶でよいのかもしれない。

しかし、15ページであれば、「はじめに」は極めて重要である。単に挨拶で済ませてよいわけはない。何しろ15分の1、すなわち6.7%もある。冒頭の「5%ルール」でいえば、ここまでで既に勝ち負けが決まっているということなのだ。

勝ち負けが決まっているというのは、こういう意味だ。普通書類は最初から順番に見ていく。表紙をめくれば「はじめに」があるのなら、とりあえずそれを見る

「はじめに」を見て、読むべきことが書いてありそうなら、今度は読みはじめる。読んで、自分たちの課題に応えてくれそうだと思えば、それ以降のページは好意的に読んでくれるようになる。加点主義的な読み方をしてくれるのだ。

一方「はじめに」を見て、読む必要がないと思えば、次のページに行く。それ以降も、ロクに読まないか、どちらかというと減点主義的な読み方をされがちになる。

このように「はじめに」で、ほぼ読まれ方が決まってしまうのだ。だったら、ここに力を入れない手はない

僕の提案書を見てみよう。最初の2行はいわゆる挨拶だ。やはり礼儀は外してはいけない。しかし、挨拶もそこそこに3行目からは「以下、ご挨拶に代えまして、提案の概略を述べさせていただきます。」となっている。

その後、まずA社の企画意図とそれを外注するという方針について賛意を表明している。ここも見当外れな褒め方では逆効果で、あくまで発注側の意図をきちっと理解しているということを示さなければならない。

その上で、自分(自社)はこう考えたので、以下こういう内容で書くということを示す。

発注側に対して読み方のガイドをするというねらいもある。それによって誤読される確率が低くなるからだ。

しかし、もっと重要なねらいがある。それは、選定の土俵を定義してしまうことだ。

今回提案依頼はなかった。ということは、明確な選定のポイントもなかったということだ。このような状況では選定ポイントを最初に決めてしまえば極めて有利になる。

提案依頼があり選定ポイントが明確だったとしても、その中で何が重要かを定義できてしまえば、同様に有利になる。

プロは、「はじめに」だけでも、ここまで計算して書いているのである。

■標準的な目次

今回の目次を、もうちょっと抽象化すると以下のようになる(以下、こちらの抽象化した目次をベースに話す)。

  1. 今回の取り組みのねらい
  2. 課題
  3. 解決策
  4. 体制
  5. スケジュール
  6. 見積について
  7. 提案者の紹介

まず、最初にあくまで「発注側のねらい」を書く。これは、今回の要求内容をきちっと理解していますよということを示して、安心・信頼を醸成するために書く。

つづいて、課題を提示する。これも、発注側の悩みをきちっと理解していることを示すために書く。ここで、彼らが気づいていない(あるいは言語化できていない)課題があり、それが納得できるものであればかなりの得点を稼ぐことができる。

そして、解決策を示す。これは、自分(自社)の実力を示すために書くのである。

今回の、提案書では3と4で一つの章にしたが、実際にはまず課題の一覧があって、その後、個別の話になっているので、構成は一緒である。

体制・スケジュールなども明記しておく。図解するのがいいだろう。これらは、体制に入れて欲しいキーマンや、発注側に守ってほしいマイルストーン(納期順守のための重要なイベントの完了期日)を明確にするために書く。つまり発注側への要求を書いているのだ。

見積は、別途見積書を添付するのが普通である。提案書にはできるだけ金額は書かないことだ。提案書は、割りと広い範囲で閲覧されるものなので、そこに金額を書いておくとそれがひとり歩きしてしまう確率が急激に高まる。

提案書には、見積の要素や前提条件など考え方に当たる部分を書く。

最後に、提案者に関する情報を書く。情報は、提案に関係する範囲にとどめながら、その中でもインパクトのあること、信頼につながることを書く。特に有効なのは成功事例である。普段から事例集を作っておき、提案書には「別添の事例集をご参照ください。」と書ければベストだ。

■まずは要望をきちっと把握していることで安心を

前項で、提案書の大まかな書き方は分かったと思う。以下は、重要なポイントに絞って書こう。

提案書でもDMでも、およそ商用文書はみな同じ流れになる(下図)。

2014051802.png▲商用文書の大まか流れ

すでに説明したが、「はじめに」がつかみに当たる。

そして、目次でいうところの、「1.今回の取り組みのねらい」と「2.課題」が「安心・信頼の醸成」にあたる。

提案においても、書く以前にきちっと聴くことが重要であり、きちっと聴いていたことを示すことで安心や信頼を得られるのである。

ただし、それだけではいけない。何を書くかについては意識的になるべきだ。先に「はじめに」のところで「選定の土俵を定義」した。これから外れてはいけない。総花的に書こうとすると、せっかく定義した土俵がやたらに広がってしまって意味がなくなる。

先に定義した土俵をさらに強調しながら、その中に重要な課題があるということを丁寧に説明していかなければならない。

■実力を示せるのも土俵を決めたから

「1.今回の取り組みのねらい」と「2.課題」の部分で土俵を明確にしておくのは、それがないと「3.解決策」で「実力の訴求」するというねらいがぼやけてしまうからだ。

土俵が明確だから勝ち負けがはっきり分かる。そして、有利な土俵で戦うことで勝てる。

とはいえ、単に有利な土俵で戦えばいいということではない。

それが顧客のために本当にいいのだという確信が必要だ。これがなければ、最初から提案は辞退すべきだろう。

「自分の言うとおりにやってもらえればできるはずだ」という強い信念が提案には必要なのである。

■それ以外はすべて不安の解消のため

それ以外の部分、「体制」も「スケジュール」も「見積について」も「提案者の紹介」もすべて発注側の不安を取り除くために書く。

「解決策」で実力を訴求することはできた。でも、「本当にやれるのか?」という発注側の不安はどうしても残る。

そこで、実力を訴求した後は、不安の解消に努めるということになる。

発注側は、どこまで関係者の範囲が広まるのか不安である。一方でキーマンを外すのも不安である。そこで、この範囲でいい、逆にこの人がいないと困るということを明確に言い切ることで不安を取り除く。

発注側は、本当に間に合うのか不安である。そこで、この条件を満たしてもらえれば間に合うということを明確に言い切ることで不安を取り除く。

発注側は、予算内で収まるのか不安である。場合によっては価格交渉したい。そこで、見積の要素や考え方を明確に示し、場合によっては交渉も可能なことをにおわせて不安を取り除く。

発注側は、この会社・この人に任せて本当に大丈夫か不安である。なので、実績を具体的に示すことで不安を取り除く。

「不安の解消」というスタンスで書けば、自社都合にならずに顧客目線での提案ができるはずである。

☆☆☆

以上、提案書に関する僕の考えと、それに基づいた「勝てる提案書」の書き方を述べた。

提案書を書けと顧客あるいは上司から命じられたが何を書いていいか分からず困っている人や、既に何本も提案書を書いてコンペにも参加しているが勝率がイマイチという人のお役に立てれば幸いである。

そして、自分の仕事では提案書というものを書く機会がなかったが、今後は求められなくても書いてみようと言う人が出てきてくれれば本当に嬉しい。それだけで、周囲から差別化できると僕は思います。

追記

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