大資本が、市場のシェアを高めるために、一時的に原価割れも辞さずに売りまくることがあります。これを松下幸之助さんは「資本の暴力」といい、絶対にしてはならないことだと言います。
私は仕掛けたことはもちろん、仕掛けられたこともないので、こんなことが現実に行われているのかどうかもよく分かりません。ただ、実際に行われたとして、仕掛けた方が目的を達成したとしても、その後不幸になる人がたくさんいるような気がします。
今日の一言)不自然は不幸を呼ぶ。
カテゴリ
一日一言 (417)
コメント(2)
コメントする
トラックバック(0)
Special







freeの考えは「資本の暴力」とどう折り合いを付けることが出来るのでしょう?
ozeさま
ご質問ありがとうございます。
ライバルがつぶれたら、高額化して元を取る――というビジネスモデルかどうかが、「資本の暴力」かそうでないかの別れ目となります。
freeはそういうモデルではありません。利用者の5%程度は有償版を購入するということが前提になっているので、原価割をしてでもただで配ってライバルをつぶすというビジネスモデルではなく、全体で利益を確保しようという考え方です。
freeが「資本の暴力」と言えないもう一つの証拠は、元手を持たない個人事業主やベンチャー起業家が最初に考える手法がfreeあるいはfreeの変形(情報商材を無料で配布するというようなやり方)ということです。つまり、どちらかというと小資本の味方なのです。
このあたりは、『フリー』をじっくり読まれるか、元手なしで成功している起業家に聞いてみると、さらに理解が深まるかと思います。