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モノの見方を教えてくださった恩師の話
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僕は、学業成績はよいが、あまりモノを考えない子供だった。クイズの本なども、解くよりも、答えを憶えて人に出すほうを好む、つまり知識偏重タイプだった。
それが、ある程度自分でモノを考えるようになったのは、中学の社会の教師だったI先生のおかげだと思う。
僕らの中学は、教育学部の付属だったので、実験的な授業が行われていた。
ゆとり教育の実験もあった。そういう意味ではゆとり世代の魁(さきがけ)とも言える(なので、ゆとり君たちの言うことはなんとなくわからないでもない)。
社会科の試験は全科目持ち込み可だった。社会など暗記科目と思っていた僕にとっては、持ち込み可で満点が取れないのはショックだった。
知識偏重タイプではなくなったのは、このおかげだと思う。
このような学校だったので、教師のほうも一癖も二癖もある人がたくさんいた。
ただ、その先生の風貌や癖などは今でも憶えているのだが、授業を憶えている先生はあまりいない。授業の工夫という意味(たとえば理科の先生は教材を全部一人で作っておられた)では憶えているのだが、心に残る授業というのはあまりない。
その中で、I先生だけは2つもショックを受けた授業があった。恩師といって差し支えないだろう。
I先生には、最初の授業でガツンとやられた。
出席番号順に、一人一人が当てられた。最初の授業なので、簡単な自己紹介をした、と思う。その後にI先生から質問が飛ぶ。何人かに同じ質問をしてから、I先生がまとめて講評するという形式だった。
討論形式ではないが、マイケル・サンデルのやり方と似ていると言えなくもない。
僕のときの質問は、「これから札幌に行きたいのだが、どうしたらいいか?」というものだった。
僕は、「ここから羽田まで行き、飛行機で千歳まで行って、そこから国鉄(当時)に乗ればいい」というものだった。
正解だと思ったのだが、叱られた。
「なぜ誰も、何の目的で札幌へ行くのかを聞かないんだ? それによって交通手段は大きく変わらないか?」と。
授業中に何か質問されたときに反問するというのは、中学1年生だった僕には思いもよらないことであった。
「旅行代理店に行ったら、店員は聞いてくるだろう」と先生は続けた。
旅行といっても関西の親戚の家に行くぐらいで、そのときは新幹線の切符を買うと決めていたので、旅行代理店とは縁がなかったのだが、先生の言うことはなんとなくわかった。
要するにサービス精神がないことと、コミュニケーションの基本がわかっていないことの両方を咎められたのだった(サービス精神のないところに良質なコミュニケーションも成立しないという深い意図もあったように思う)。
きちっと反問しないがために、質問者の意図とまったく違う回答をする人がたくさんいる。テレビでも見かける。そういう人を見るたびに、中学1年生のときにI先生にお会いできた幸福を改めて感じるのである。
もう一つは、世界の海流と気団の授業のときだった。
海流は気団に影響し、気団は気候に影響する。そのような話だった。
僕はその日、あまり熱心に授業を聞いていなかったのだと思う。授業終了間際のI先生からの問いかけに頓珍漢な回答をしてしまった。
「森川、一番日照時間の長い6月でなくて、8月が一番暑い理由を簡単に説明してくれ」
「はい。空気が暖まるまでに2ヵ月ほど時間がかかるからです」
「バカもん!お前、今日の授業を聞いてたのか」
I先生の期待していた答えは、太平洋高気圧とかそういう言葉での説明だった。なお、ぼくの回答は、ある百科事典に書かれていることだった。
つまり、僕はそんなの知ってらあという感じで適当に授業を聞いていたら、実はもっと奥深い話だったということなのだ。
まあ、書いてみたら、授業をきちっと聞いていなかった生徒が怒られただけという話ですよね・・・。
ただ、僕にとっては、単純に信じ込んでいたことを否定されたことが大きかった。
これ以来、モノゴトは簡単に決めつけられるものではなく、いろいろな角度で考えないといけないと思うようになった。
高橋容疑者がいまだにオウムの教理や松本受刑者のことを信じていると聞いて、少なからずショックを受けた。
「それは、これだけ人生を棒に振っているのだから、そうなった理由を疑いたくないのよ」と心理学専攻の妻が教えてくれた。
納得したのだが、そうなる前に恩師がいなかったのだろうなあとも思う。
恩師がいないというのは、とても気の毒なことである。
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