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私は飼い犬に教えられた(#103)
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周り全てが師。
●解説
昨日は、我が家の愛犬、柴犬のコジロー(写真)の11歳の誕生日でした。
飼い始めたときから体の弱い犬だったので、無事11歳になってくれたのは本当に嬉しく思います。
私は、2007年当時、深い悩みの中にいました。
どんな前向きの言葉を聞いても、いや前向きの言葉を聞けば聞くほど、「それはあんただから言えるんだ!」というようなネガティブな反応をし、逆に落ち込んでしまうという状態でした。
コジローは2005年、まだ6歳のときに右目が緑内障になり、その後治療の甲斐もなく、1年ぐらいでほとんど見えなくなりました。
私が精神的に落ち込んでいた2007年、今度は左目も見えなくなりました。
まだ8歳なのに、両目ともまったく見えなくなったわけです。
当時の私は、自分がダメ人間だと思っていました。そして、そんなダメ人間の飼い犬だから、コジローもダメ犬になってしまったんだと思いました。
まったく見えなくなった最初の日の散歩は、今思い出してもつらいものでした。
コジローは怖がって、ロクに歩けません。尻込みするコジローをせきたてたり、ひっぱったり、あるいは抱き上げたりしながら、なんとか散歩をさせました。
これからもずっとこんな散歩が続くのかと思うと、私は心の底からブルーになりました。
その夜、ある前向きな人ばかりが集まる講演会に参加して、いつものように落ち込みました。
飲まずにいられず、二日酔いになりました。
おまけに雨まで降っています。
コジローの散歩に行きたくありませんでしたが、犬にとっては散歩=トイレです。いかないわけにはいきません。
犬用のレインコートを着せて、傘を差し、重い足取りで出かけました。
自分をダメ男だと思っている私と目の見えない犬が雨の中とぼとぼ歩いている――こんなに惨めな状況が他にあろうか。
ところが・・・
いつもの公園にくると、コジローは果敢に40cmぐらいの段になっているところに飛び乗ったのです!
コジローの体高は、せいぜい50cmちょっとです。体の8割ぐらいの高さに飛び乗ったということです。
さすがに自力で降りるのは怖くて無理だろうと思ったのですが、なんとそれもクリアしたのです!
驚きました。
どこからこんな勇気が湧いてくるのだろうと思いました。
ダメ人間である私を信頼しているからできるのだと気づきました。
そうすると少なくともコジローから見たら、俺はダメ人間じゃないんだ――そのように励まされた気がしました。
いまだに悩み多い私ではありますが、そのとき以来、自分を認めて、勇気を持って生きていこうと思えるようになりました。
コジローはありがたいことに、今では本当に目が見えないの?という感じで、元気に散歩をし、家の中もうろうろしています。
ペットに教えられたという人は多い。特にペットの死に際にはいろいろと教わることが多いようです。
子供に教えられたという人も多いでしょう。
部下に教えられたという人も。
中には、批判者に教えられたという人もいるでしょう。批判それ自体に教えられるケースもあるだろうし、批判者の態度を見て、我が振りを治すケースもあります。
このように考えていくと、周りはすべてが師と思えてきます。
師を訪ねて歩くことも重要と思いますが、まずは周りを見渡してみるのもいいかもしれません。