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SF小説『.....絶句』(新井素子)について

SF小説『.....絶句』(新井素子)について

横山 哲也

グローバル ナレッジ ネットワーク株式会社で、Windows ServerなどのIT技術者向けトレーニングを担当。Windows Serverのすべてのバージョンを経験。趣味は写真(猫とライブ)。

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以前、「Computer World」というWeb媒体で「本の特盛り」という連載を持っていた。「Computer World」という名前だから、本来はコンピュータの専門サイトだが、なぜか「一般書籍でも小説でもなんでもいいです」ということだったので、遠慮しつつも、好きな本を選んでいた。

先日、Twitterで以下のような書き込みをしたところ、「新井素子研究会(@motoken1989)」さんにリツイートされ、その後の リツイート数が80を超えて気を良くしている。

そこで今回は、「本の特盛り」で紹介した記事を、一部加筆して紹介しようと思う。

ところで、「新井素子研究会(@motoken1989)」さんの「住所」は「第13あかねマンション」になっている。さすがである。第13あかねマンションこそが、これから紹介する「.....絶句」の舞台であり、多くの新井素子作品に登場する、というより多くの主人公が生まれた「聖地」である。



...絶句〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)

...絶句〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)

「新井素子」といってもピンと来ない人も多いかもしれない。ライトノベル(ラノベ)の元祖と言われ、高校生でSF作家デビューした「天才少女」である(天才少女も今は50歳を超えた)。

新井素子のデビュー作は、16歳の時に第1回奇想天外SF新人賞に佳作入選した「あたしの中の......」である。若者の会話を完全に再現したような文体、個性的な句読点の使い方に対し、審査員のほぼ全員が反対する中、星新一だけが彼女を高く評価し、他の委員が折れたという(詳細は、ササキバラ・ゴウ氏のブログなどで紹介されている)。

実際、彼女の文章は癖が強く、同世代であっても嫌う人は多かった。特に、独特の句読点の使い方は賛否両論、というより反対論が圧倒的に強かった。数年前、日経新聞の夕刊のコラムを何気なく目にして「なんだ、この新井素子みたいな句読点の使い方は」と思ったら新井素子ご本人の文章だった。それくらい個性的である。それでも30年前に比べれば違和感は減った。本人の文体がおとなしくなったのか、世の中の言葉が乱れたのか、単に私が慣れたのかは分からない。

.....絶句」は、そんな新井素子の前期作品の集大成である。原稿用紙1200枚、ふつうのラノベなら3分冊になるところを上下巻にまとめたため1冊のボリュームは大きい。先日、早川書房から復刊されたのを機会に、改めて購入して読んでみた。

久々に「あとがき」を読んでみたかったこともある。新井素子の書籍には必ずあとがきが付く。「.....絶句」は、上下巻だったのに上巻にもあとがきがあったくらいである。私は、一時期、同じ作品でもあとがきが変わるたびに購入していた記憶がある。新井素子のファンなら珍しい行動ではないはずだ。

独特の句読点は相変わらずだが、案外読みやすかった。そういえば星新一は「若者言葉を書き写したように見えるかもしれないが、決してそうではなく、新しい文体なのだ」と強く主張していたように記憶している。

星新一自身、あまりにも分かりやすい(ように見える)文体は「誰にでも書ける」と言われたようだが、大変な努力の結果であったはずだ。新井素子の文章に対して「会話を引き写しただけだ」という批判が的外れであることを、誰よりもよく理解したのが星新一だったのかもしない。

内容は、良くも悪くも若者らしい純粋で単純な志が感じられるが、主人公が高校生であることを考えると決して不自然ではない。奇想天外な設定と、SF的な論理整合性が共存している不思議な作品である。 捕食関係についての考察や、「私は、私の責任は取れるけど、私以外の人の責任は取れない」という強い意志は、新井素子の作品全体に一貫して流れる強いメッセージである。

捕食といえば、新井素子の別作品「ひとめあなたに...」では、松任谷由実(ユーミン)の「チャイニーズスープ」を歌いながら料理をするシーンが登場する。青年期に新井素子を読んだ人は、ほぼ例外なく「チャイニーズスープ」を聞くだけで恐ろしい歌に思えてしまうはずである。特に2番の「煮込んでしまえば形もなくなる」というフレーズは身震いする。原曲もよく聞くと恐いのだが、こちらはあくまでも精神的な話であるが、「ひとめあなたに...」では本当にやってしまう。

さて、星新一が亡くなったとき、新井素子が読んだ弔辞が弔辞集「不滅の弔辞」に掲載されている。「これ、私の自信作です」と持って行った本を読んだ星新一が「あの時、新井素子を推したのは、まあ悪くはなかったな」と言われるのが夢だという。その時に執筆中だったのが「チグリスとユーフラテス」。久々の本格SFで1999年度第20回日本SF大賞を受賞した。前期作品のような自由奔放さはないものの、心に残るいい作品だった。ただ、やはり新井素子の真骨頂は前期作品にあると私は思っている。その頂点が「.....絶句」である。ぜひ読んで欲しい。

ところで「.....絶句」の点々の数は5つである。ふつう、点々は「3点リーダー」と呼ぶくらいで点3つである。一般には2文字分使うので点は6つになるはずだ。実際、デビュー作の「あたしの中の......」は点が6つである。ただ、6つでは冗長な印象を与えるためか、「ひとめあなたに...」など多くの作品は点3つである。なぜ「.....絶句」だけ5つという変則的な記号なのか。答えは新井素子の書き癖だと想像している。昔、新井素子に出したファンレターの返事に「.....」が多用されていたからだ。

詳しい経緯は、会社の個人ブログ「ヨコヤマ企画」の「本の特盛り: マーク・ルシノビッチ氏の意外な一面と新井素子氏の点々」に書いたので、こちらもあわせて読んでいただければ幸いである。

Web上では、多くのファンが点5つを3点リーダーと5点リーダーの2文字で表現する。本記事もそうしたかったのだが、使っているブログシステムの仕様なのか、3点リーダー(...)と、2点リーダー(‥)で点の位置が違うため、並べると見苦しい(...‥となる)。そこで、三点3リーダーにピリオド2つを組み合わせたが、環境によっては、逆にこちらの方がずれるかもしれない。仕方ないのでピリオドを5つ書くことにした。不本意だがやむを得ない。

「.....絶句」は、枚数も内容も一切の制限なしに発注されたという。単行本であっても20代の駆け出し作家(16歳でデビューしても作家としては駆け出しである)に全く自由に書かせるのは珍しい。そして、タイトルに書き癖まで反映させてしまった編集者は尊敬に値する。きっと印刷現場ではさまざまな交渉をしたに違いない(もしかしたら写植ならあるのかもしれないが、少なくとも活字には5点を均等に配分した文字はない)。そういう裏事情を想像しながら読んでみるのも面白いかもしれない。


●ところで...

書いていて不安になったのだが、「星新一」の名前はご存じだろうか?

ついこの間、そこそこの読書家のはずの同僚に「筒井康隆って誰ですか?」と聞かれて軽くショックを受けている。日本三大SF作家の1人なのに、この程度の知名度になってしまった。

ちなみに、三大SF作家とは、星新一、筒井康隆、小松左京のことである。小松左京も知らない人が増えたかもしれないが。