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路上ライブ取締報道にみる報道機関の力

路上ライブ取締報道にみる報道機関の力

横山 哲也

グローバル ナレッジ ネットワーク株式会社で、Windows ServerなどのIT技術者向けトレーニングを担当。Windows Serverのすべてのバージョンを経験。趣味は写真(猫とライブ)。

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今回は予定を変更して、報道機関の「アジェンダ・セッティング」について書いてみたい。「アジェンダ・セッティング」とは、『報道が持つ「社会が議論すべき論点を設定する機能」』のことである(烏賀陽氏の「朝日やNHKが選ばれない時代に、私たちが注意しなければいけないこと (2/4)」などを参照して欲しい)。

11月28日、シンガーソングライターの小関峻氏が警察署に連行された。路上ライブの取り締まりということである。結局は注意だけで済んだのだが、路上ライブの取り締まりで車に乗せられて連行されたというのは聞いたことがない。せいぜい、最寄りの交番に(徒歩で)呼ばれるくらいである。

小関俊氏がこの時の経緯を書いたブログ記事「重要 路上ライブについて」は、著名人を含む多くの人がTwitterなどを経由して取り上げられている。

 

路上ライブは本当に「明らかに違法」なのか?

小関氏の事件は、逮捕でも送検でもなく、警察からの公式発表がなかったせいだろう、マス メディアにはあまり取り上げられていないようであるが、Webニュースにはいくつか取り上げられた。小関氏に同情的なものもあればそうでないものもあるが、いずれも「路上ライブは明らかに違法」としている。しかし、私は「明らかに」とは思えないのである(「何の問題もない」とも思ってはいない)。

道路交通法より

第七十七条 次の各号のいずれかに該当する者は、それぞれ当該各号に掲げる行為について当該行為に係る場所を管轄する警察署長(以下この節において「所轄警察署長」という。)の許可(当該行為に係る場所が同一の公安委員会の管理に属する二以上の警察署長の管轄にわたるときは、そのいずれかの所轄警察署長の許可。以下この節において同じ。)を受けなければならない。

一 道路において工事若しくは作業をしようとする者又は当該工事若しくは作業の請負人

二 道路に石碑、銅像、広告板、アーチその他これらに類する工作物を設けようとする者

三 場所を移動しないで、道路に露店、屋台店その他これらに類する店を出そうとする者

四 前各号に掲げるもののほか、道路において祭礼行事をし、又はロケーシヨンをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとする者

具体的な項目は各地方自治体で決められている(たとえば「東京都道路交通規則」)。これを見る限り、通行に影響がなければ路上ライブに問題はないような気がする。私の読み方が間違っているのであれば教えて欲しいし、報道機関はこの疑問に答えて欲しい。

小関氏の路上ライブは私も何度か見たことがある。定位置は、駅前ではなく少し離れたところで、通行の邪魔になるような場所ではない。

通常、路上シンガーは何らかの物販を行うので、それが問題になる可能性はある。小関氏も警察から「物販は別」と言われたそうだ。「屋台」とみなすかどうかは分からないが、CDなど販売物の展示台は即座に移動できるようなものではないので、違法と言われればそうかもしれない。

ちなみに、海外ではたいていの場合路上ライブは合法だが、以下の点で習慣が違う。

  • アコースティック楽器(アンプは使わない)
  • 物販ではなく投げ銭

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▲シアトルのPike Place Market
米国の路上ライブはギターの弾き語りが多いが、彼女はバイオリン演奏をしていた

 

書類送検された路上ライブ

小関氏の事件の前には、書類送検された人もいた。これは新聞記事にもなったので見た人もいるかもしれない(たとえば10月8日付の朝日新聞「新宿駅前で無許可ライブ容疑、アイドルら10人書類送検」)。

新聞各社ともに、警察発表を丸写ししたようで、どれもほぼ同じ内容である。

  • 関西が活動拠点のアイドルグループが新宿駅前で路上ライブをしたことで書類送検
  • 同グループは少なくとも9回のライブを実施し、その都度警告を受け、誓約書を書いていた
  • 新宿駅周辺で路上ライブについての苦情が今年に入って545件

この記事にはちょっと考えただけで10もの疑問点がある。

  1. なぜ関西が拠点のグループが何度の新宿に来ていたのか?
  2. 観客は何人くらい集まっていたのか?
  3. 路上ライブで書類送検された人はほとんどいないのに、なぜこのグループは送検されたのか?
  4. 「少なくとも9回」とあるが実際は何回くらいだったのか?
  5. 9回の警告は、他のアーティストと比べて多いのか少ないのか?
  6. 警告を受けるたびに誓約書を書いていたのはなぜか?
  7. 今回の送検理由は苦情があったからか?
  8. 路上ライブの苦情を入れている人は何人くらいいるのか?
  9. 545件という数字は他と比べて多いのか少ないのか?
  10. 多くの国で許可されている路上ライブが、日本では厳しく取り締まられているのはなぜか?

新宿に来ていた理由は、道路交通法違反とは直接関係ないかもしれない。所属事務所に確認すればすぐ分かるはずだが、取材の必要はないと判断したのだろうか。新聞というのは「両論併記」つまり、両方の当事者の意見を記載するのが基本である。路上ライブ自体が「明らかに違法」とは思えないし、殺人事件でさえ「容疑者は犯行を否認している」などのコメントがあるのだから原則は守って欲しかった。

道路交通法違反かどうかは、通行の妨げになるかどうか(だと思う)ので、観客の人数に依存する。その人数が書いていないのも不親切である。一般に、アイドル系の路上ライブの観客は数人以下である。多くの人の印象とは違うかも知れないが、力のあるシンガーソングライターの方が観客はずっと多い。現場の新宿駅南口は歩道拡張中で、通行量の割には広いので、本当に邪魔になっていたかどうかは分からない。

通常、路上ライブが警察に注意されるのは、人が集まっている場合、音量が大きい場合、誰かに通報された場合である。それも注意されてすぐにやめれば大きな問題にはならない。前述の通り、邪魔にならなければ違法とは言い切れない(と思う)ので「邪魔になっていることに気付きませんでした、すぐやめます」で問題ないという理屈なのだろう。

日常的に路上ライブをしている人は、ほぼ毎日のように警察から注意されている。(法的な根拠は分からないが)誓約書を書くのも珍しいことではない。しかし、注意されるたびに誓約書を書かされるということはない。おそらく迷惑の度合いによって変わるのだろう。「その都度、署が注意し、誓約書を書いていた」という文が「注意されるたびに誓約書を書いていた」だとすると、これは普通ではない。何か特別な事情、たとえば警察官に反抗的な態度を取ったなどの理由があるはずだ。

路上ライブには「通報さん」と呼ばれる人がいる。路上ライブの準備が始まると、警察に通報するようだ。「通報さん」として顔と名前が知られている人もいるが、邪魔だと感じるかどうかは主観もあるので、通報自体を非難することはできない。演奏前に通報するのも変な話だが、「いつものように邪魔になると思った」と言われればそうなのだろう。「今年に入って545件」の数字のうち、「通報さん」の苦情がどれくらいあるのかは知りたいところである。ちなみに、通報さんには、アーティスト個人についている人と、地域に付いている人がいる(まるで幽霊のようだ)。個人についている通報さんは、もはや一種の「ファン」である。

路上ライブの告知を聞いて、現場に出かけ、セッティングをはじめたところでの通報と、本当に邪魔だと思って通報する人では、通報の意味が違うと思うのだが、どうだろうか。

 

報道機関のあり方

私はここで、路上ライブが違法かどうかとか、取り締まり正当かどうかについて問題にしているわけではない(それも問題なので最後に書く)。問題は、報道機関が警察発表を丸写しにするだけで、何の疑問も持たず、何の取材もしないということである。路上ライブの可否なんか、新聞記者からすれば大した問題ではないかもしれないが、これは記者の姿勢の問題である。

「役所の発表を丸写しにして、何の疑問も呈さず、何の取材もせず、記者クラブから外に出ない」そんな記者には価値がないという話である。

 

路上ライブの行方

以下は本題ではないし、路上ライブの問題点も重々承知しているが、一応書いておこう。

1969年7月18日、新宿駅西口地下「広場」が「通路」となった。それまでは「フォークゲリラ」と呼ばれる集会が行われていた(らしい)が、「通路」となったため集会が禁止された。警察官が言ったとされる「ここは広場ではありません、通路です」という言葉は、私の年代でも広く知られている。逆に言うと、広場であればフォークソングを歌い、集会を行うことは可能だったということだ。

現在、ほとんどの広場や公園での集会は許可制であり、路上ライブを含めた商業利用の許可は下りにくい。東京都には「ヘブンアーティスト」制度があり、大道芸や路上ライブに対するライセンスを発行しているが、物販は禁止されている。チップを払う習慣のない日本では、プロのアーティストにとってかなり厳しい制約である。

考えてみれば、歌舞伎だって、もともとは路上(河原)でのパフォーマンスだったわけで、ここまで厳しくする必要はないと思うのである。