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花を売りたきゃ、ハムを売れ

花を売りたきゃ、ハムを売れ

荒木 亨二

ビジネスコンサルタント&執筆業。荒木News Consulting代表。業界をまたいで中小企業経営者のサポートを行う「究極のフリーランス」。2012年より、ビジネス書の執筆ならびに雑誌の連載をスタート。

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 年々、インバウンド商戦が盛り上がりをみせている。海外からの観光客が増え、円安は定着しつつあり、さらには昨秋より化粧品や食料品までもが免税対象となった。日本全体が、訪日外国人の消費パワーに大きな期待を寄せている。

 なかでも注目の的は、中国人だろう。‶爆買い〟と称されるように、彼らのショッピングは実に豪快である。お土産の入った段ボール箱をこれでもかと、うず高く積み重ねる。まるで強奪するかのように、棚に置かれた商品を次々と買い物かごに放り込むーー。ここまでくると、見事としか言いようがない。

 つい数年前まで、多くのメディアは盛んに中国人のマナーの悪さを取り上げていたものだ。しかし今は手の平を返したように、彼らの猛烈な購買力を、日本経済への貢献ぶりを持ち上げる。

 小売業からすれば、もうウハウハが止まらないだろう。だって、何もしなくても商品が飛ぶように売れていくのだから。とりわけ高額品を扱う百貨店業界は鼻息も荒く、とにかく中国人を捕まえようと躍起になっている。

 春節に合わせた福袋を用意したり、免税カウンターを充実させたり、中国人向けサービスを充実させたりーー。あの手この手を使い、笑顔を振りまき、手ぐすね引いて待ち構えているわけだ。

 今や、日本の百貨店業界は‶中国人頼み〟といっても過言ではないだろう。実際、インバウンド消費が売上げの数割に達する店舗もあるというから、驚くばかりだ。

 さて、中国人のおかげでやや息を吹き返した百貨店業界だが、そのビジネスモデルがもはや時代にそぐわないことは、言うまでもない。駅前の一等地に百貨を集めて正価販売しても、専門店の品揃えには対抗できず、ネットの安売りには勝てるはずがない。

 つまり、インバウンド商戦はその場しのぎの‶対症療法〟に過ぎず、決して根本的な解決法とはならない。恐らく、福袋を一生懸命に販売する者の多くが、その事実に気づいているに違いない。とはいえ「この先ずっと、インバウンド頼みでいいのでしょうか?」と言い出せる雰囲気でもないから、先にある‶難題〟はさておき、今は目の前の売上げを掴みにかかっているのだ。

「花になんて興味ない!」から始めよう

 別に百貨店に限った話でなく、どんな業界でもどんな企業でも、同じ場所で長く働けば働くほどに感覚や常識は鈍ってくるものだ。インバウンド商戦だって、今のような爆買いが永遠に続くわけではないことは、誰もが感づいている。けれども、業界のルールや考え方に慣れてしまうと、冷静に判断することが難しくなってくる。

 厄介なのは、いったん感覚がズレると、修正したり間違いに気付くのがとても困難になることだ。というのも通常は、自分だけでなく周囲にいる社員みな、一斉にズレているのが普通。となると、「立ち止まって冷静に考えましょう」と言える者が、そもそもいなくなってしまうのだ。

 こうした事態を避けるには、常に自分が働く企業、あるいはその業界を客観的に見つめることだろう。その際、特に注意したいのは‶個人的な思い込み〟を捨てることだ。「こうあって欲しい」とか「コレは売れるはず」といった想いは、極力捨てねばならない。

 例えば今、ボクは花屋のブランドプロデュースを手がけている。もちろん社員はみな、花に興味があるし、花に造詣が深いし、もっと消費者に「花の素晴らしさを伝えたい」と思いながら働く。自分が携わる商品を愛することは、とても良いことだ。ただ、そこには落とし穴が潜む。

 日本の消費者の多くは、花に興味がないーー。

 残念ながら、これが花にまつわる現実だろう。その証拠に、日本の花マーケットは年々縮小を続けており、今や1兆円を割り込んでいる。花を定期的に買う人はかなりの少数派だろうし、常にリビングに花が飾ってある家も稀だろう。

 日常のなかで「あの新商品のアイス食べた?」との会話は生まれても、「あの新商品のバラ買った? 最高にクールよね」なんて会話は、どの世代を通してもまず聞かれない。行列のできるラーメン屋はいくらでもあるが、行列のできる花屋など、まず見当たらない。

 つまり、ちっとも花は日本人の暮らしの中に馴染んでいないのだ。よほどのことがないと買わないし、基本的にお店を訪れることはない。それが、リアルな花屋である。

「皆さん、花に興味ない人が殆どです」

 ボクは花屋の社員に向かって、毎度のようにそんな言葉を口にする。呪文のように繰り返している。嫌な顔をされても、ポカーンとされても、ボクは訴え続けている。なぜなら、これが冷静な判断だから。「花は基本、売れません」と言うのは相当に心苦しいが、けれども、現実からスタートしないことには本質を見誤るだけなのだ。

‶花屋発想〟を捨て、消費者のリアル性に向き合う

 花に興味のある人に、花を売るーー。恐らく、これが従来の花屋の発想だろう。元々花に興味のある人に向けた店づくりをするわけだから、必然的にお店は‶花々しく〟なる。アソコにもココにも花、花、花。道路にまで花が溢れ出し、まさに百花繚乱。

 しかし、現実。つまりは「最初から花になんて興味ない人」からすると、そんな花屋はどう映るだろう? いくら目の前の花がキレイだろうと、安売りされていようと、何の関心も持たない。まったくその花屋は視界に入らず、通り過ぎるだろう。

 お墓が沢山売られていても、安売りされていても、気づかないのと一緒だ。極端なたとえ話だが、興味のない商品とはそんなもの。そもそも、花も墓も必需品ではない。

 端的に言えば、花に興味のある人に向けた‶店づくりそのもの〟が間違いということになる。例えば、花屋は季節感を大切にする商売だが、それを消費者にアピールしても意味がない。

「今の季節はこのお花がおススメですよ!」

 そんな売り文句をかけられても、元々花に興味ない人には、決してその言葉は刺さらない。花の旬すらおぼつかない人なら「...で、だから何?」となるだろう。

 キレイに花を飾っても、スルーされる。季節感で売っても、響かない。花がないのが、いつもの暮らしーー。どれもこれも、花にまつわる現実である。

「花があれば、もっと毎日の暮らしが豊かになる...」。そんな花屋サイドの想いは、よく理解できる。またそうした想いこそ、仕事に欠かせない原動力ともなる。ただ、それは売り手の‶願望〟であって、それを元にビジネスの戦略を描いてはいけない。

 何よりも、まずは花屋発想を捨てる。これこそが今の日本における、正しい花屋の在り方ではないだろうか。

3月より変わるルポゼ・フルール

 仮に、花に興味ある人の割合が100人に5人としよう。5人のための店づくりをしても効果が薄いのは、先に述べた通りである。そもそもそんな人々は、勝手に花屋を訪れてくれる。

 そうではなく、花に興味ない95人を狙った店づくりの方が、マーケットは広がるし潜在需要を掘り起こせるし、よほど合理的な判断ではなかろうか。

 幸いなことに、ルポゼ・フルールはイオンのスーパーやSC内という、好立地に出店している。日々大量のお客が、食料品や雑貨を買いに訪れる。まさしく、花に興味ない人がウロウロしているわけだ。何にせよ買い物にきた人なのだから、通行人が忙しく通り過ぎる路面店に比べ、これだけでも大きなアドバンテージとなる。

 ハムを買い、レジで精算をしている最中、ふと遠くを見やれば、何やら花屋らしからぬ風情の花屋を見つける。チラッと花が見えるものの、どうもそれだけではない。

「あら、あの花屋って何だかオモシロそう」と気づいてもらい、ちょっと立ち寄ってもらうだけでも、大きな一歩だろう。1本の花だろうと100円の花だろうと、売上げを地味に積み上げていけば、やがては山となる。要は、キッカケ作りこそ重要なのだ。

 ブランドプロデュースに携わっておよそ9カ月。ようやくこの3月より、ボクが実際に関わった売り場がスタートした。どういうわけか、注目の新規事業的な感じで、さっそくこの売り場が雑誌の取材を受けたというから、多少なりとも花屋発想を捨てた効果はあったようだ。

 というわけで、これから毎月、徐々にだが、ルポゼは姿を変えていく。

(荒木News Consulting 荒木亨二)

*イオンの新規ビジネス花屋『ルポゼ・フルール』、ブランドプロデュース中

【著書】

『就職は3秒で決まる。』(主婦の友社)

『名刺は99枚しか残さない』(メディアファクトリー)

【雑誌連載】

『Begin』(世界文化社) 「仕事着八苦YOU!」

『アスキークラウド』(KADOKAWA) 「それでもボクは会社にイタいのです」

『Safari』(日之出出版) 「最後のバブルで踊ろうよ!」