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サイボウズの決算にみるソフトウェアベンダーの収益構造

サイボウズの決算にみるソフトウェアベンダーの収益構造

波多野 謙介

コラボリズム株式会社 代表取締役で文系プログラマー。超朝型へのスイッチで、仕事と家庭の両立を目指す二児の父。

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ソフトウェアベンダーの経営に関わっていると、自社以外のソフトウェアベンダーがどのような収益構造なのかが気になります。僕の場合はワークフローを開発する立場なので、気になるのはBtoB向けの情報系ソフトウェアを提供する企業の収益です。

engage stakeholders in your process. meet early, meet often.engage stakeholders in your process. meet early, meet often. / Engin Erdogan

しかしなかなかソフトウェアベンダーの収益構造を調査した本などはありませんし、調査レポートがあっても高価で手が届かないので、収益構造を知るためには上場している会社の決算資料を参考にするのが一番現実的な方法かと思います。

そこで、今回はサイボウズさんの決算書を参考に、ソフトウェアベンダーの収益構造というものを考えてみたいと思います。サイボウズさんを選んだのは、同社が独立系の情報系ソフトウェアベンダーとしてトップクラスの企業であるという事もありますし、マーケティング手法が面白く製品開発も活発で調べるのが楽しそうだからです。どうせなら楽しく調べられたほうがいいですからね。

なお、今回の目的はあくまでソフトウェアベンダー特有の収益構造を知ることなので、興味のあることだけを拾って見ています。また僕は会計の専門家ではありませんので、数字の読み方、拾い方に間違いがあるかも知れません。正しい情報を求められる方はサイボウズさんの決算資料を参照されるようお願いします。


事業別の収益構造

さて、ホームページのIR情報を見るとサイボウズの決算期は1月31日で、2011年6月現在、最新の通期決算資料は「平成23年1月期 決算短信」となっています。

ソフトウェアベンダーというと、文字通りソフトウェア販売における収入が、収益の大半を占めるように思えます。しかし、実際には関連するカスタマイズサービスや受託開発による比率の方が大きな収益を上げている事はよくある事です。そこで同社の利益にソフトウェア販売がどの程度寄与しているかを見てみます。

「事業別概況」の欄で事業毎の売上高と営業利益を確認します。平成23年現在で同社の事業は大きく2つです。

(a)ソフトウエア事業
売上高:4,877百万円
営業利益:802百万円

(b)ソリューション事業
売上高:434百万円 
営業損失:32百万円

ソフトウェア事業の営業利益率は約16%です。研究開発費が560百万円程計上されているので、やろうと思えば営業利益率20%はあげられるでしょう。強いですね。この他にもろもろの収入があるはずなのですが、とりあえずこの2つの売上だけを比較してみると、ソフトウェア事業の売上比率は約92%であることが分かります。これはかなり高い数字ですね。個人的にはソフトウェア事業の比率は高い事が理想なので、この数字は正直うらやましいです。

同社は近年、通信業などにも広がっていた事業を切り離し、グループウェア事業に経営資源を集中する戦略をとっているため、ソフトウェア事業の比率はかなり高くなって来ています。数年間遡って調べてみると、ソフトウェア事業の比率はおおよそ次のように推移してきています。

2007年 2008年 2009年 2010年 2011年
42.9% 41.5% 52.2% 71.6% 91.8%

全体の売上は下がっていますが、ソフトウェア事業に注力する方針が計画通りに進んでいるようです。

驚くべき「継続サービス」の威力

さて、ここまででソフトウェア事業の比率が高いことが分かりましたが、その「ソフトウェア事業」にもいろいろな内訳があるはずで、経営の参考にするという意味では、そちらを詳しく知りたいところです。とりあえず「かんたんシリーズ」と「ガルーンシリーズ」毎の収益については記載があるので分かります。

かんたんシリーズの売上高:2,246百万円(前期比9.5%増)
ガルーンシリーズの売上高:1,309百万円(前期比9.2%減)

かんたんシリーズは部門導入、小規模ユーザーがターゲットで、ガルーンは大規模向けです。これを見ると後から始めたガルーンが、収益の1/3以上を占めていることが分かります。対象となる企業規模が異なる製品を良いバランスで抱えている事は、事業ポートフォリオとしても理想的ですから、同社にとってサイボウズガルーンはかなりの成功を収めている製品である事が感じられます。

また注目すべきは同社が「継続サービス」と呼んでいる、保守ライセンスとASPのいわゆる「ストック」の収入です。この比率は平成23年1月期 決算には載っていないのですが、2009年1月期通期「決算説明会資料」の「3. 継続サービスの拡大」というスライドに非常に興味深い記載があります。

ここでは継続サービスの売上(保守ライセンス、ASP)が、平均して売上の50%前後になりつつある事が示されています。継続サービスにはASP事業が含まれますので簡単には計算できませんが、普通に考えると膨大な導入済みライセンスを持つオンプレミス製品の比率が相当高いでしょう。つまり継続サービスの収入の多くは、サイボウズOfficeやガルーンの保守収入であることが想定されます。

そしてこの継続サービスの比率が現在もそう変わっていないと想定すると、今年の売上4,881百万円の約50%、2,400百万円程は、継続サービスで賄われているという事です。24億円ですよ!すごいですね。

BtoBソフトウェアベンダーにとって重要な「継続性」

その他支出について見てみると、研究開発費5億6千万とか、広告宣伝費3億7千万円とか、面白そうな情報がたくさんあります。しかし、ここまでで一旦区切って考えてみたいのは、同社にとっての継続サービスの意味についてです。これは言うまでもなく同社にとって大変重要な意味を持っています。なにせ50%近い安定収入をもたらしているのですから。

もちろん、これは同じような保守サービスを持つソフトウェアベンダー全てに言える事です。いろいろとソフトウェアベンダーの人と会って話したり、決算資料を調べてみた結果、うまくいっているソフトウェアベンダーの多くは、こうしたストックの収入を確保できている企業であるように僕は感じています。

この点を考えてみると、BtoB向けソフトウェアベンダーとして生きていこうとするならば、このような「継続サービス」収入を確保することが、非常に重要になってくることが想定されます。そしてそれは決してソフトウェアベンダーだけの便益ではなく、顧客に対してもメリットのある仕組みだからこそ、多くのソフトウェアベンダーで採用されているのだと僕は考えています。ただし、その便益を顧客が享受できるかどうかは、ソフトウェアベンダー側の姿勢にも寄る部分が多いのですが。

サイボウズさんの決算資料からは、BtoB向けソフトウェアベンダーの重要な収益モデルを確認することができました。この仕組みが持つソフトウェアの価値の根幹に関わる「意味・意義」については、長くなるので別の機会に書いてみたいと思います。