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『配偶者控除を見直し? 103万円の壁以上の壁とはなにか?』~女性の人的資本を活かすにはどうすればよいか?~

『配偶者控除を見直し? 103万円の壁以上の壁とはなにか?』~女性の人的資本を活かすにはどうすればよいか?~

川瀬 太志

ハイアス・アンド・カンパニー取締役常務執行役員。都市銀行・大手経営コンサルティング会社・不動産事業会社取締役を経て現職に。住宅・不動産・金融の幅広い経験を元に、個人の資産形成支援事業を展開中。

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こんにちは!ハイアス&カンパニーの川瀬です。

今回は「配偶者控除」についてです。
またまた配偶者控除の廃止が検討されているようです。

■確かに働くことは大事だが......

いつもここで申し上げていますが、財産を作るには「まず働くこと」です。
どんなに節約しても収入がなければ財産はできません。
どんな良い資産運用法があっても元手がなければ資産は増えません。
だから、まず「働いて収入を得ること」が大前提ですね。

私たちの「稼ぐ力」、すなわち「人的資本」にはすごい価値があります。
たとえば40年間平均年収500万円で働くと現役時代の収入合計は2億円になります。夫婦二人で同じくらい頑張ったら世帯収入は4億円です。
現在の全世帯平均である所得の10%を貯蓄し続けるとすると、40年後には約4,000万円の財産ができます。
収入と消費、さらに運用の状況次第では数千万円の貯蓄を残すことは誰にとっても決して不可能なことではありません。

「老後の不安」とは、収入が足りなくなるという「収入不安」が最も大きなものです。だから、稼ぐ力を身に付けて、加えて健康で、少しでも長く働いて収入を得続けることが一番の老後対策になるのです。

ただ、当たり前ですが、この人的資本も労働マーケットから退出するとゼロになってしまいます。働かないというのは2~3億円の人的資本を捨てることです。これは個人としてだけでなく、社会全体でみても損失ですね。

「これから高齢化が進み生産年齢人口が減っていく中、日本の人的資本を有効に活かそう。もっと多くの人に働いてもらって経済を支えてもらうとともに、世帯収入も増やしてもらい、消費意欲も高めてもらおう」......というのが政府の考えの根本にあるというのはわかります。
だから、「働いていない女性にもっと働いてもらおう」ということなんだろうと思いますが...。
さてこれは上手くいくのでしょうか?
↓↓↓

<配偶者控除見直しを提言 政府税調、女性の社会進出に向け>
(2014年6月11日付 日本経済新聞)
『政府の税制調査会は11日、専業主婦らがいる世帯の所得税を軽くする配偶者控除について、女性の社会進出に向けて見直すよう提言をまとめた。税の分野だけでなく、社会保険制度の改正や企業の賃金制度の見直し、保育所の整備も必要だと指摘した。今月下旬に決定する成長戦略に反映する。』

というわけで、「働き手として女性をもっと活用する」という政府方針が6月末に発表された成長戦略の中に盛り込まれました。
さて、これで女性はもっと働くようになるのでしょうか?


■配偶者控除「103万円の壁」とは?

ご存じの通り、配偶者控除とは、専業主婦世帯の税負担を軽くする制度です。
例えば、夫が妻を養う世帯で、妻の給与収入が年間103万円以下なら、夫の所得税を計算する際に38万円の配偶者控除が認められ夫の税負担が軽くなります。
妻の収入が103万円を超えると妻自身も所得税を負担しなければならなくなります。
こうした税負担を避けるために、働く時間を調整して収入を103万円以下に抑える主婦が結構多くいます。

これが「103万円の壁」と呼ばれるものです。
この「103万円の壁」が女性の働く意欲を阻害しているとの意見は昔から強くあります。
団塊世代が大量に退職していき、働き手が少なくなっていく中、「女性を専業主婦に誘導するような制度を残しておける時代ではない」という意見が大きくなってきました。
そこで今回、またまた政府が見直しに乗り出したということです。

この配偶者控除の廃止は5年前にも検討されていましたが、その時は結局見送られました。

(その時のコラムがこちらです。ハッピーリッチ・アカデミー78号 2009年10月27日 「税制の持つ意味を考える 所得控除はなぜ廃止されにくいのか?」)

■配偶者控除廃止反対の理由とは?

配偶者控除廃止には反対意見が根強くあります。
その理由は大きく2つ。
ひとつは「家計の負担が増えるから」。
もし、配偶者控除が廃止になると、単純に世帯の所得税負担が増えます。
おおよその計算ですが、年収500万円の世帯で年間7万円、年収700万円の世帯で年間約10万4千円の増税になります。ただでさえ消費増税の影響で家計の負担感が増している中、さらなる負担増に対しての抵抗感は強いものがあります。

もうひとつ。
こちらの方が問題の根が深いと思いますが、「働きたくても働けない主婦」が多くいることです。
小さな子供の面倒や親の介護などで思うように働けない人はたくさんいます。
託児所などの保育施設が不足していて子供を預けることが出来ないとか、要介護度によって施設に受け入れてもらえないお年寄りを抱えているといった方々は多くいらっしゃいます。働きに出ようと思っても勤務条件を合わせることができずに断念している方も少なくありません。
自治体によっても差はありますが、こういった待機児童問題や介護問題などが解決されない内に先に税制だけが不利になるのは違うだろうという意見です。


■女性の人的資本を活かすなら、まず環境整備

経済的に余裕があって専業主婦をしている人ばかりではなく、家族の事情で仕方なく専業主婦にならざるを得ない人への配慮は必要と思います。
女性の社会進出を阻んでいるのは、配偶者控除だけではないということです。子供が預けられないとか、介護が女性任せになっていることとか、そういう条件の下で働こうと思っても短時間勤務が認められないとか、低賃金労働しか
ないといった「社会構造の壁」の方が「103万の壁」よりも高く、大きく、根が深いのです。

政府の狙いは、働く担い手を増やして経済活動の停滞を未然に防ぎつつ、家計収入も増やして消費と税収を増やしていく、というものだと思います。しかし、いくら配偶者控除を見直しても、働きたくても働けない環境にある女性が多くいるのであれば、働く女性が増えることはなく、単に増税負担を家計に押し付けるだけになってしまいます。
それでは狙いとは逆に経済が停滞する要因にもなりかねないということです。


■政府の「前科」とは?

そうは言っても、税収不足の中、近い将来に配偶者控除の廃止は行われるのでしょうが、政府にはどうか拙速にならずに慎重に進めてもらいたいものです。政府には「前科」があります。(私の個人的見解ですが...)
民主党政権の時ですが、少子化対策として子ども手当が導入されましたよね。「財源もないのにばらまきだ!」と批判が集まりましたが、そのとき、財源の一部としてそれまであった15歳以下の年少者扶養控除が廃止されました。
「控除から手当へ」というのは考え方としては悪くありません。
所得税率が低い家庭とっては、控除よりも手当の方がメリットが大きいし、税制もシンプルになります。
当時のこのコラムで私も「控除から手当への流れには賛成」と書いたものです。ところが、結局実施の問題で、当初月額26,000円の予定だった子ども手当はあっさり半額になり、2年後には廃止されます。
でも、15歳以下の年少者扶養控除が復活することはなく廃止されたままです。代わりに月一万円程度の児童手当が復活したものの、児童手当には所得条件がついていますので一定の所得のある家庭は単に所得控除がなくなっただけ、そして負担が増加した、という結果になっています。結局、少子化対策に逆行したのではないか、ということです。

政府も家計に税負担を増やすことだけが目的ではないでしょう。
どうか「女性の社会進出を促進し、人的資本を活かす」という大義を崩さずに、「配偶者控除廃止ありき」にならないよう慎重に進めていただきたいと思いますね。


今回は以上です。
もっと日本がよくなりますように。

 

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