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青年よ海外に飛躍せよ その15 帰国後も海外への支援が続く

青年よ海外に飛躍せよ その15 帰国後も海外への支援が続く

樋口 健夫

アイデアマラソン研究所所長 ノートを活用したアイデアマラソン発想法考案者であり、電気通信大学講師。現役時代は三井物産の商社マン。 企業の創造性トレーニングでは、ジャパネットたかたの全社員運動、アサヒビールでの研修などを続けている。独創性を命と考えている。

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青年よ海外に飛躍せよ その15 帰国後も海外への支援が続く


 いずれは日本に帰国するとして、帰国した後も、滞在していた国々との関係は保てる。今はパソコンとスカイプがあれば、世界中誰とも無料で話ができる時代だ。
 私たち夫婦は商社マンの最後をネパール駐在で過ごした。その間に知り合った友人が、私たちが帰国した後、「息子を自費で日本に留学させたいが」と頼んできた。
 「できるだけのサポートをするよ」と約束したが、正直言って、非常に不安があった。自費でこの円高の日本に留学して、ネパール人が学費、生活費をやっていけるのだろうかという心配だった。

 入学する大学を決めて日本に到着した友人の息子はすばらしい青年だった。前向きだし、勤勉だし、明るかった。
 世界一の物価の日本で昼間は大学に通い、夜はほぼ平日はアルバイトをした。私たち夫婦の支援は、
①アルバイト先の紹介
②下宿先の紹介
③何でも相談受付
④いつ家にきても、食事を提供する
⑤一時的資金負担の提供
⑥身元引き受け
⑦バザーなどでの、一時金の支援カンパ

⑧入学、卒業、就職、冠婚などの際のお祝い
などであった。正月など、家で家族が集まったり、ヨメサンが家でパーティを開くときには、ネパール人の青年を呼び、一緒に食事をしていた。

 滞在中にどうしても一時的にまとまったお金が何度か必要となることがあったが、その時は詳しい事情と裏付けを取って貸した。そして、きちんと返済を受けた。
 驚くべきは、その青年はたった一年ほどで日本語を普通に話し始めたことだ。滞在して3年で、日本語は、話すのは普通になり、読み書きまでかなり進んだ。すばらしい語学の能力だった。母国で大学の2年まで済ませての日本留学だったが、3年ほど掛かって、見事に日本の大学を卒業できた。卒業祝いも贈った。


 最終の年度の時には、就活が始まった。私は何度も彼の相談に乗り、私の知り合いを通じて、日本の企業への紹介を受けた。 日本人でも難関の日本の一部上場の企業へ就職が決まった。彼は、その企業の人事の課長とのすばらしい出会いを体験できた。

 すでにその企業に就職し、彼は語学の優れていることから、海外駐在となっている。その地で、母国からお嫁さんをもらい、前途洋々になっている。私たちに新しい息子ができたと思っている。