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原子力論考(90)いまだに原発事故による甲状腺がんの不安を煽る某記事について

原子力論考(90)いまだに原発事故による甲状腺がんの不安を煽る某記事について

開米 瑞浩

社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。

当ブログ「開米のリアリスト思考室」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/kaimai_mizuhiro/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


 こんにちは。本業は文書化能力向上コンサルタントですが、趣味で原子力論考を書いている開米瑞浩です。最近は趣味でツバメの撮影にはまっています。これは昨日(6/9)の朝に撮影したイワツバメ。

P6091072.JPG
(OLYMPUS PEN E-PL5 + BORG 71FL使用)

 こんなふうに颯爽と空を飛べたら気持ちがいいでしょうねえ・・・

 と、いう話はおいといて本題です。
 昨日、東洋経済オンラインにこんな記事が出ました。

"「福島の子ども、12人甲状腺がん」の謎"
がん発見率は定説の85~170倍、なのに原発事故と無関係?
http://toyokeizai.net/articles/-/14243?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter

 そんなもん、無関係に決まってます。何度も書いていますが、福島原発事故程度の低線量で健康被害が起きることはほとんど考えられません。
 検査の責任者である福島県立医科大学の鈴木眞一教授も「最新の超音波機器を用いて専門医が実施したうえでの発見率であり、想定の範囲」→要するに、異常な発見率ではない、と言っています。

 同じ発表を報じた朝日新聞の記事がこちら

"朝日新聞デジタル:甲状腺がんの子、12人に 福島県調査、被曝影響は否定"
http://www.asahi.com/national/update/0605/TKY201306050073.html

 県としても「原発事故の影響は否定」しているわけです。

 これに対して、「本当に無関係なのか?」と、東洋経済オンラインの記事は疑問を投げかけているわけですが、正直こういう記事を見ると「まだやってんのか」とため息が出ます。反原発に入れあげた活動家がこういうことを言うのは想定の範囲内ですが、名のある経済誌が誌面を提供するような話じゃありません

 甲状腺がんの予後の特徴を知っていれば、この記事がいかに論点を外しているかがわかるのですが、まあ、一般的にはあまり知られていないので、医者でも何でもない私ですが、誰にでもわかりやすいように翻訳した形で簡単に書いておくことにします。

 まずは下記の図から。一般論で言うと「病気」というのは、ある母集団から、ある割合で特定の病気を持つ者が出てきます。それが「有病」者ですが、「有病」といっても自分でも気がついていない場合はよくあります。虫歯もある程度大きくならないと痛んでこないように、病気だからといってすぐに症状が出るとは限りません。「病気はあるけど症状は出ない」という場合、検査でも受けない限りたいてい気がつかないわけです(だから、がん検診が励行されているわけですが)。

 さてその「症状が出る」のが「発症」で、有病者のうちの一部が「発症」します。そして、「発症」したうちのある割合で「死亡」するケースがでてきます。

2013-0609-01.JPG  

 で、問題は病気の種類によってこの「有病・発症・死亡」のパターンがまるで違うことです。

 「あまりかからないが、かかった場合はほとんど死亡する」という種類の病気ではこういうパターンになります↓
 
2013-0609-02.JPG
 たとえば狂犬病などは致死率ほぼ100%なので↑これに該当しますね。(ただし慢性疾患ではないので、厳密に言うと「有病」という概念には当てはまりませんが)。


 一方、「有病者は非常に多いけれどなかなか発症せず、それで死亡する者はさらに少ない」という病気もあります。甲状腺がんは実はこのパターンです。

2013-0609-03.JPG

 たとえば「子供のころに甲状腺がんが出来たけれど、80過ぎて死ぬまで発症しなかったので結局最後まで気がつかなかった」というケースが非常に多いのが甲状腺がんの特徴なわけです。

"PKAnzug先生による「甲状腺癌は実はその気になって探せばすごく多い」って話。"
http://togetter.com/li/241058

 要するに、東洋経済オンラインの記事中で言う「通常、小児甲状腺がんが見つかるのは100万人に1~2人程度」という数字と、「今回の調査でのがんの発見率は定説の85~170倍」というのは、見ている数字が違うのですよ。

 つまり、こういうことです。

2013-0609-04.JPG

 要するに「甲状腺がん」というのはほとんど「発症」しないので、ごくごくまれな発症例しか、「ああこれは甲状腺がんですね」と診断されないわけです。

 症状が出てもいないのに普通、病院に行きませんよね?
 発症率・死亡率が高い、胃がんや肺がんについては「発症する前に見つけよう」ということでがん検診も励行されてますが、ほとんど死なない、そもそも発症することもほとんどない甲状腺がんについては、検診を受ける人自体が少なく、その結果発見されることも少ない、というわけで、「100万人に1人」というのはそういう数字なわけです。前述のリンク先で PKAnzug先生が説明されてますが、甲状腺がんというのは高齢者では20%ぐらいにある、「その気になって探せばすごく多い」、そして多くの場合何も症状が出ない、そういう病気なのです。

 全然症状が出ていない人に対して「何が何でも発見してやる」という体制で検査をすれば発見率が全然違ってくるのはあたりまえの話です。そもそも違う数字を見ているので「85~170倍」などといった比較の対象にすること自体が間違いです。

 ということを、検査にあたった責任者も当然説明しているはずですが、東洋経済オンラインの該当記事はそのことをわかるように書いていません。

 その結果、必要な情報を書かずに読者の無用な不安を煽る内容になっています。
 というわけですので、この種の情報は「まだやってんのかいいかげんにしろ」と華麗にスルーしておきましょう。

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