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原子力論考(1) インフラに関わる4層構造に目を向けよう

原子力論考(1) インフラに関わる4層構造に目を向けよう

開米 瑞浩

社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。

当ブログ「開米のリアリスト思考室」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/kaimai_mizuhiro/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


誠ブログ管理人様から今週のお題「原発は必要? 不要?」をいただきました。

私がこの話を書くときっと長くなるので、今までまとまった形では書いていなかったんですが、お題になったとあっては、書かないわけにはいきません。

ということで、今回は「原子力発電について考える」1本目です。

まずはあらためて自己紹介。私は電力やエネルギー問題や金融や安全保障の専門家でもなんでもなく、本業は「読解力図解力と教える技術」をテーマに企業研修を行っている人間です。
そのため、これから書く内容は専門的な知見を踏まえたものではないことはお断りしておきます。また、なぜ本業とは違うこのテーマについて書こうとするのか、その意図については文末に記します。

では本題に入りましょう。

お題:原発は必要? 不要?

結論を言うと向こう100年ぐらいは「必要」だろう、と私は考えています。

それはなぜか?
これを説明すると長くなりますので、理由を考えるための補助線を引きましょう。まずはおそらくほとんどの方が見慣れないであろう図を出します。


「国家的インフラ」にもいろいろあります。たとえば鉄道、空港、港湾といった交通系のインフラもあれば電話のような通信系のインフラもあります。電力はエネルギー系のインフラのひとつであり、原子力はさらにその一種です。

インフラというのは「国家」レベルでの盛衰を支える大きな前提です。
東日本大震災以後、東京電力管内では計画停電があり、「電力がないとなにもできない」ことを実感せざるを得ませんでした。

その「電力」の供給源として原子力が適切かどうか、ということを考えるためには、原子力そのもののコストや安全性を考えることはもちろん必要です。

しかし、それとは別に、というよりそれ以前の前提として、「インフラ」そのものが、より見えにくい上位環境の元で成り立っていることも意識しておく必要があります。それが、「安全保障」と「金融」です。

「安全保障」というのは、端的に言いましょう、それは「大規模な軍事衝突が起こらない」という安心感を得られるだけの軍事的均衡のことです。
この安全保障があって初めて、「じゃ、金を使うか・・・」となり、金融が動き出します。経済活動にはお金が必要ですが、インフラの整備には特に長期の大規模な金融が必要なため、安全保障なしには何も動きません。

原発の話なのになぜ安全保障? なぜ金融? と思われるかもしれませんが、電力インフラに原子力を使うかどうか、はそのまま安全保障と金融に直結する問題なのです。

そして、金融が動いてインフラが作られ、稼働するようになって初めて経済活動が行われ、実体経済が回るようになり、そこから得た稼ぎを上位の3層、安全保障・金融・インフラに還元することが可能になります。

こういう話は大震災・原発事故以来の反原発の空気の中ではあまり出てきませんが、だからといって事実が無くなるわけではありません。この種の4層構造が存在することは冷静に認識しておく必要があります。


では、引き続きこの4層構造のイメージが湧くように、いくつか事例を書きます。

■金融とインフラの関係その1(第二次大戦後の日本復興と安全保障)

日本の高速交通インフラとして世界的に有名な「新幹線」ですが、最初の東海道新幹線の建設プロジェクトには世界銀行の融資が入っています。他にも東名高速道路や黒四ダムなど、戦後復興期のビッグプロジェクトも同様です。日本に世界銀行の融資が始まったのは1953年(→外務省「ODAちょっといい話」)、これはサンフランシスコ講和条約、と同時に日米安全保障条約が効力を発効した翌年からです。

ちなみに、それ以前の混乱期にはガリオア・エロア資金がアメリカから単独で供給されていました。

これなどは、「安全保障があって初めて金融が動く」という事例ですね。


■インフラと安全保障の関係

そもそも日本が第二次大戦に突入した直接のきっかけは何だったか? それまでの経緯がいろいろありますが、対米開戦を決意したきっかけ」は、アメリカからの原油輸入の途絶(禁輸)でした。特定のエネルギー資源に全面的に依存してしまうと、それが途絶えたときには一気に生存が危うくなる、という事例です。インフラの選択が安全保障に影響する、というのはそういう意味です。
その意味で、日本が消費する原油の中東依存率がきわめて高いのは大きな問題で、原子力発電はそれを引き下げている意味があることは、事実として押さえておく必要があります。

ちなみに、2005年から2006年にかけてロシアとウクライナの間でガス紛争事件があり、ウクライナ経由でロシアからの天然ガス供給を受けている西欧諸国への供給が減ったことがあります。この事件の解釈については諸説ありますが、少なくともエネルギー供給が安全保障に関わる問題だという現実を、1970年代のオイルショック時以来再び見せつけられたのは確かです。


■インフラと実体経済の関係

インフラが安定しないとどういうことになるか? 電力がないと仕事が出来ません。となると国際展開できる企業は日本から出て行くでしょう。
2010年12月8日に中部電力で0.07秒間の瞬時電圧低下が発生し、四日市市内の大規模工場等で生産が停止、仕掛品がオシャカになって大規模な損害が発生した事例があります。白熱電球なら気がつかない程度の電圧変動でも先端工場の生産設備は深刻な影響を受けるわけです。インフラの品質は実体経済に影響を与えます。
日本は「電力料金は高い」けれど「電力品質も高い」国でした。その「品質」が落ちて「料金が高い」だけが残ったとき何が起きるのか? は、考えておく必要があります。

ちなみに、日本国内のアルミニウム精錬工場はごく一部を除いてすべて海外移転し、国内からは消滅しています。アルミの精錬には膨大な電力を要するため、電力価格がコストに直結するからです。


■金融とインフラの関係その2(長期投資)

もし、今以上に「工場の海外移転」が進むようなことになると、代わりの産業がなければ対日投資は縮小し、実体経済も縮小、つまり給料が減る、という事態が進行します。


■金融とインフラの関係その3(投機資金)

1999年に9ドル台だった原油価格は2000年代に高騰し、現在は100ドル程度を推移していますが、この間に消費量が10倍に増えたわけではもちろんありません。原油価格の決定要因の1つに「投機筋の思惑」があり、原油価格に影響しうる経済的/社会的な動きに過敏に反応して投機資金が動いて実需とは無関係に価格の乱高下を招くという面があります。当然、「日本が原子力を止める」となったらそれは「化石燃料の消費が増えることだ」という読みを呼ぶ材料になり、さらなる資金流入・価格高騰を呼ぶ可能性があります。


■まとめ:インフラの選択にあたっては感情論を極力排して考えよう

放射能怖い、と思うのはしかたがないことです。
原子力は人間には制御できない、もうやめよう、と思う気持ちももっともです。

でも、だからといって「原発廃止!」を叫ぶ前に、続けるリスクと止めるリスクをまず冷静に認識しましょう。
放射線がもたらす健康被害についてどんな実地研究があるのか、、それをまず確認すること。
福島原発と周辺地域の実状とその収束可能性についても可能な限り確認すること。
さらに、今回のような事態が起きた経緯を分析し、再発を防ぐ手立てはないのかを考えること。

それに加えて、この記事でさわりを書いたような、「国家的インフラ戦略を考えるための4層構造」において原子力を続ける意味と止める意味をきちんと考えること。

原発が必要か、不要かという判断は、それをしたうえで考えたいと思います。

私自身は冒頭にも書いたように「必要」だと考えています。その理由を手短に言うと、原発を止めることによる「安全保障・金融・実体経済」という他の三層への悪影響が大きすぎる、ということです。

それでも「安全には変えられない」という声は間違いなくあるでしょう。
それはそれで仕方がありません。私は私の考えをここで書きます。半分は自分自身の勉強のために。残り半分は、原子力のことを真剣に考えたい方の何らかの役に立つことを願って、です。

つづく。


(追記)
本業とは違うこんな論考を長々と書く理由、それは、実はこの論考自体が、本業でテーマとしている「読解力図解力と教える技術」の実践になるからです。

もともと、私が「読解力と図解力」をテーマとする企業研修をやり始めたのは、「複雑な情報を自分で整理整頓して理解し、自分で考えて行動を決められるような人材を作る」ためにはそれが必要だ、と考えたからでした。
だれかがセンセーショナルに煽る言葉に乗せられるのではなく、どんなに困難に見えようと難解に見えようと、自分でひとつひとつ地道に情報を評価し整理分析して考え、結論を出す。そのためには「読解力」が必要であり、それがそのまま「図解力」になります。

そんな力が必要とされる時、というのはまさにこういうときです。社会的に影響の大きい、複雑な問題が発生したときに、それに対して感情的にならず、多角的に検討して判断ができるようになるために、「読解力・図解力」を日頃から磨いておく必要があります。

今回始めた「原子力論考」シリーズはその実践の機会なのです。私の本業を知る方は、そのようにご理解ください。


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