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原子力論考(14) 反原発運動はなぜ何の益もない人格攻撃に走ってきたのか

原子力論考(14) 反原発運動はなぜ何の益もない人格攻撃に走ってきたのか

開米 瑞浩

社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。

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 原子力論考(10)の最後をこんなふうに締めていたのをすっかり忘れていました。

 それにしても、なぜ、「反原発運動」はそんな何の益もない人格攻撃に走ってきたのでしょうか?
 それを理解するには、反原発運動のバックグラウンドが社会党・共産党系のグループであったということの意味を知る必要があります。次回、その話を書きます。

 次回書きます、と言っておいて忘れてしまっていたわけですが、さて、どうしたものでしょうか(笑)。
 まあ、ここは内部告発の声に耳を傾けてみましょう。原発の話は出てきませんが、組織の実情をうかがい知る上で貴重な資料です。

筆坂秀世 著「日本共産党」 p59~60
 日本共産党は、企業献金、政党助成金を受け取っていないことを大いに誇っている。(中略) だがその代わりに、一般党員は募金攻めにあっている。さまざまな名目で募金活動が行われている。
(中略)
 最近離党したという女性は「政党助成金を受け取らないと体裁のいいことを言っているけど、党員からは顔を見ればお金を出せ、暮れにはお餅やみかんを買えと言ってくる。党員からの血のにじむ献金で成り立っているだけではないですか。こんなことは自慢できることではありません」と、Eメールを通じて私に怒りをぶちまけた。

 著者の筆坂秀世氏は、日本共産党政策委員長という最高幹部の1人だった人物ですが、2003年にすべての役職を罷免されて2005年に離党しています。そして役職罷免と離党の経緯に関する自らの正当性をアピールするために書かれたのがこの「日本共産党」という本です。その中でこういった組織の実態に関する内部告発があるわけですが、

    「一般党員は募金攻めにあっている」

 というこの告発は、筆坂氏が書くまでもなく、政界ウォッチャーの間ではよく知られていました。が、やはり当事者の証言は重みが違います。ここからうかがえるのは次のような「ビジネスモデル」です。



 「ビジネスモデル」と書きましたが、この表現は比喩でもなんでもなく、字義通りの意味です。日本共産党に限らずこういうモデルで組織を成り立たせている活動団体はいくらでも存在します。
 このモデルが成り立つためには、「敵」は悪辣非道で強大でなければなりません。
 帝国に対する反乱軍のようなものですね。
 強大な力を持った「悪」の組織に対抗する正義の味方、と自らを規定し、その活動への支援を得ることで彼らのビジネスは成り立っていました。

 だから、人格攻撃をするわけです。
 目的は、「より良い社会を作るためのパートナーとして、力を合わせて問題解決に当たること」ではなく、「支援者からの援助を引き出すこと」でした。それがなければ生活が成り立たないわけですから、そういう方向(敵対者への人格攻撃)に行くのは無理もないと言えば無理もありません。

 ただその結果どうしてもその時々の社会状況に応じて「叩きやすい敵を叩く」という方向に彼らの攻撃の矛先は変動します。現在であれば原子力発電そのもの、その推進者、そして電力会社が「叩きやすい敵」になっているため、総攻撃をかけている状況ですね。

 ちなみに、原発事故以来、何度か各地で行われた「反原発デモ」を見かけた方は、おかしな光景を目にしたはずです。「反原発デモ」のはずなのに「憲法九条を守れ」とか「戦争反対」とか「米軍は帰れ」という旗があるのはなぜなのでしょう?
 つまりは、「叩きやすい敵」を叩くために、関係のない活動家達が集結しているからです。社会的に大きな事件、注目される出来事があるときにはそれに便乗して「ビジネスモデル」を成り立たせようとするプロ活動家が集まります。危険を煽って本を売ろうとする人間もいれば、中には味噌を売ろうとする人物もいます。
 そういう動きがどうしても存在するのは、人間社会のことですから仕方がありませんが、国家の安全保障の根幹であるエネルギー政策はあくまでも冷静に合理的に戦略的に考えたいものです。


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