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右肩上がりで事業が拡大していると、さらに大きなことを考えてしまうものです。
大手企業2社の元請けとして、工場内の業務で事業を拡大し、さらに工場を飛び出して、現場業務にも拡大しました。
でも、いくら事業を拡大すると言っても、拡大するには限度があります。
最大限に拡大できたとしても、工場のキャパ以上にはできませんし、そもそも、そこまで勢力を拡大するのは無理です。
仮にできたとしても、工場の元請けという立場は変わりません。
当時の私は、すごく実力があると勘違いしていた上に、飛ぶ鳥を落とす勢いで事業を拡大していましたので、そうなると、大きなことを考えるのは自然なことです。(笑)
2社のうちメインとなる1社は、業界ナンバーワンの上場企業でした。
とてもじゃありませんが、その企業の上に立てるわけはありません。
もう1社は、そちらに比べれば企業規模は小さかったので、その上に立てるのではないかと考えました。
そして、その企業を買収しようと考えたのです!
自然というより、普通の感覚からすると不自然ですが、思い立ったら突っ走るのが私の性格ですので、早速、その準備を始めました。
買収するとなると、工場を丸ごと運営しなければなりませんが、従業員はそのまま使えますので問題はありません。
ただ、工場長や責任者クラスの人は辞めていくだろうと思いましたので、それに変わる人材が必要になります。
仮に辞めなかったとしても、私が運営するなら任せておけない人材でした。
そこで、かつて一緒に仕事をしていた友人に声をかけました。
私がこの業界に入ることになったきっかけでもあり、しばらくしてから私が裏切って、予想に反して仕事がゼロになったきっかけの友人です。
その当時は関係が悪化したこともありましたが、すでに元の付き合いに戻っていましたので、工場長として来てくれるように言いました。
当時の彼は、親戚の運送会社でトラックに乗っていました。
すでに工場の元請けだった製造部は廃止して、本業一本でしたので、トラックドライバーとして仕事をしていたのです。
親戚の会社ですので、普通にやっていれば、将来の社長か専務は約束されている立場です。
それはわかっていましたが、私の高校時代からの友人ですし、気心も知れていますし、仕事は抜群にできますので、買収計画の話をして、来たるべき時の工場長になってほしいと言ったのです。
その話を聞いて、かなり魅力があると感じたようで、すんなりと親戚の会社を辞めて来てくれました。
当時のその瞬間の記憶はありませんが、普通に考えれば、絶対に来ないような話です。
しかも、1年ほど前には裏切っていますので、いくら友達として仲が良かったとはいえ、私の元に来てくれるわけがありません。
それでも来てくれたということは、それだけ私に魅力があるということです!
と言いたいところですが、その場の勢いはあっても、経営者としての実力はありませんので、何の魅力もありません。(笑)
私の勢いというか、やりたいことに対して、協力してやろうという気持ちが大きかったのだと思います。
当時はあまり思っていなかったかも知れませんが、振り返ると感謝しかありません。
大手企業2社の元請けとして、工場内の業務で事業を拡大し、さらに工場を飛び出して、現場業務にも拡大しました。
でも、いくら事業を拡大すると言っても、拡大するには限度があります。
最大限に拡大できたとしても、工場のキャパ以上にはできませんし、そもそも、そこまで勢力を拡大するのは無理です。
仮にできたとしても、工場の元請けという立場は変わりません。
当時の私は、すごく実力があると勘違いしていた上に、飛ぶ鳥を落とす勢いで事業を拡大していましたので、そうなると、大きなことを考えるのは自然なことです。(笑)
2社のうちメインとなる1社は、業界ナンバーワンの上場企業でした。
とてもじゃありませんが、その企業の上に立てるわけはありません。
もう1社は、そちらに比べれば企業規模は小さかったので、その上に立てるのではないかと考えました。
そして、その企業を買収しようと考えたのです!
自然というより、普通の感覚からすると不自然ですが、思い立ったら突っ走るのが私の性格ですので、早速、その準備を始めました。
買収するとなると、工場を丸ごと運営しなければなりませんが、従業員はそのまま使えますので問題はありません。
ただ、工場長や責任者クラスの人は辞めていくだろうと思いましたので、それに変わる人材が必要になります。
仮に辞めなかったとしても、私が運営するなら任せておけない人材でした。
そこで、かつて一緒に仕事をしていた友人に声をかけました。
私がこの業界に入ることになったきっかけでもあり、しばらくしてから私が裏切って、予想に反して仕事がゼロになったきっかけの友人です。
その当時は関係が悪化したこともありましたが、すでに元の付き合いに戻っていましたので、工場長として来てくれるように言いました。
当時の彼は、親戚の運送会社でトラックに乗っていました。
すでに工場の元請けだった製造部は廃止して、本業一本でしたので、トラックドライバーとして仕事をしていたのです。
親戚の会社ですので、普通にやっていれば、将来の社長か専務は約束されている立場です。
それはわかっていましたが、私の高校時代からの友人ですし、気心も知れていますし、仕事は抜群にできますので、買収計画の話をして、来たるべき時の工場長になってほしいと言ったのです。
その話を聞いて、かなり魅力があると感じたようで、すんなりと親戚の会社を辞めて来てくれました。
当時のその瞬間の記憶はありませんが、普通に考えれば、絶対に来ないような話です。
しかも、1年ほど前には裏切っていますので、いくら友達として仲が良かったとはいえ、私の元に来てくれるわけがありません。
それでも来てくれたということは、それだけ私に魅力があるということです!
と言いたいところですが、その場の勢いはあっても、経営者としての実力はありませんので、何の魅力もありません。(笑)
私の勢いというか、やりたいことに対して、協力してやろうという気持ちが大きかったのだと思います。
当時はあまり思っていなかったかも知れませんが、振り返ると感謝しかありません。