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三匹の社長【一次選考通過作品】

三匹の社長【一次選考通過作品】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 あるところに三匹の豚の兄弟がおりました。彼らはそれぞれが会社を構え、従業員を養っていました。三男豚はその高い技術力が世界から認められる超有名企業の経営者です。会社名は、そうですね......、仮にRENGAといたしましょう。RENGAは最先端技術を駆使し、常に高性能な製品を世の中に送り出すことで知られていました。次男豚は三男豚ほどではありませんが、そこそこ性能の良い商品を安価で売り出すことで利益を得ていました。会社名はMOKUZAIとでもしておきましょう。MOKUZAIの強みはその営業力でした。安価な製品と積極的な営業力を武器に、売り上げではRENGAを追い抜いています。そして最後に長男豚の会社ですが、これがどうにもぱっとしませんでした。優れた独自の技術を持っているわけでもなく、高い営業力があるわけでもない。ただ、どういうわけかアイディアだけは光るものがあったので、一部のマニアに受けていたようです。会社名はWARAとしておきます。

 経済ジャーナリストのオオカミさんは上司からRENGAとMOKUZAIのインタビュー記事を書くよう命じられていました。技術力のRENGAと営業力のMOKUZAI、いったいどちらが今後の潮流を掴むのかに注目が集まっていたからです。オオカミさんは上司に「WARAのインタビューも面白いのではないか」と提案しましたが、上司から時間の無駄だと却下されてしまいました。なのでオオカミさんはひとまず、技術力が売りのRENGA社長にインタビューすることにしました。インタビューはRENGA社長の自宅で行われることになりました。

 「まあ掛けてくれたまえ」

 オオカミさんが通されたのは立派な応接間でした。レンガ調の内装に、壁の暖炉が高級な雰囲気をかもし出しています。オオカミさんはなぜか背筋がぞわぞわっとするのを感じ、なんとなく居心地の悪さを覚えました。RENGA社長の三男豚は立派な紳士のひげを伸ばし、左手で葉巻を遊ばせながらインタビューに答えました。

 「良いものを作り、消費者の生活を向上させる。これがものつくりの鉄則だよ。その点でわが社は世界一を自負しておる。常に新しい価値を生み出し続けることこそが、わが社の存在意義だとも言える。確かに最近はMOKUZAIがそのシェアを伸ばしてきており、実際わが社のシェアもいくらか奪われてしまった。だがそんなものは一時の事象に過ぎん。何故なら、MOKUZAIの製品は言ってしまえば単なるパクり。そのことは御社も十分理解しておられるだろう。パクり商品は一時の儲けになるかもしれんが、決して持続させることは出来んよ。わが社には新しいものを生み出す技術の蓄積がある。だがMOKUZAIにはそれがない。今はたまたまうまくいっているかもしれんが、こんなものは5年も続きはしないだろうよ。何、WARAだと? まあ、よくは知らんがそこそこうまくやっているのではないか?」

 さすが世界に名だたる大企業。オオカミさんはRENGA社長の言い分に納得し、記事は短期的にはMOKUZAIが有利だが、長期的にはRENGAに強みがあるという書き出しにしようと考えました。しかしどうしたわけか心の片隅でWARAのことが気がかりでした。とは言え上司からは取材に行くなと言われているので、気持ちを振り払い、次のMOKUZAI社へのインタビューに向かうことにしました。MOKUZAI本社の応接室でインタビューを始めました。

 「どうぞお座りください」

 応接室はごく一般的な間取りで、機能性を重視した作りでした。記者が来ることを想定してか、無線LANなども完備されており、オオカミさんは好感を持ちました。MOKUZAI社長の次男豚はパリッとしたスーツに身を固めながらも、物腰低く話し始めました。

 「これからの時代はものつくり以上に、人と人とのコミュニケーションが重視されるでしょう。実際のところ、あまりに最先端な技術は消費者にとって無用なのです。テレビやカメラの解像度をこれ以上上げたところで、喜ぶのは一部のマニアだけです。今はむしろ、機能過多な製品を嫌うお客様も多いくらいです。私どもは出来るだけシンプルに、かつ安価な製品を届けることを目指して商売させていただいております。そしてお客様とのつながりを強化するために、私どもは営業力をさらに高めていきます。こう言っては何ですが、RENGAには技術に対する驕りがあるのではないかと思います。技術が高いのは認めますが、それが本当に消費者が求めているものなのでしょうか。消費者が求めてるのは、不必要な高品質じゃなく、何よりも安さだと思います。だからうちは、薄利多売でRENGAに勝てると信じていますし、実際売り上げでは追い抜いてますからね。WARAについてですか? けっこう面白い会社だとは思いますよ。うちも色々と参考にさせていただいています」

 オオカミさんはMOKUZAIの言い分は一理あると思いました。実はオオカミさん自身、テレビはRENGAではなくMOKUZAIのものを利用しています。ネットで調べると画質が落ちるとか壊れやすいとか色々書いてあったものの、安さという魅力には抗えなかったのです。そして実際に使ってみると、それほど悪くないんじゃないかという気がしていました。オオカミさんはそもそも、それほどテレビを見ない生活をしていたので、たまに見る分には何の問題も感じませんでした。これはMOKUZAI社長の言うように、薄利多売が市場を制するのでは、と考え始めていました。

 さて、RENGAとMOKUZAI、今後の市場を掴むのはいったいどちらの会社だろうか。それを考え始めて、オオカミさんは悩みこんでしまいました。RENGAが高い技術力で未来を作ると言うと、その通りだという気になる。一方でMOKUZAIが、営業力で安く幅広く売ることで市場を席巻すると言うと、それもその通りだという気になる。そこでずっと気になっていたWARAのことを思い出しました。WARAにはRENGAのような高い技術力も無ければ、MOKUZAIのような営業力もない。けれどなぜかずっと生き残り続けている。そこに未来を占う重要なヒントが隠されているのではないか。そうした考えがオオカミさんの頭を捕まえて放そうとしません。オオカミさんはそのことを上司に相談し、どうしてもWARAをインタビューしたいと告げました。上司はオオカミさんの熱意にほだされ、今度はオオカミさんの意思を尊重することにしました。

 オオカミさんが訪れたのは町外れの公園でした。日当たりが良く、静かなその場所でオオカミさんはとてもリラックスした気分になりました。公園で立って待つのも変な気がして、オオカミさんはWARA社長の長男豚が訪れる前から長いすでくつろいでいました。そこにWARA社長がやってきました。

 「やあ、どうもお待たせしてすいません」

 WARA社長の長男豚はとてもラフな格好で現れました。両手に缶コーヒーを持ち、一方をオオカミさんに手渡しました。

 「これからRENGAとMOKUZAIのどちらが勝つかですか? うーん、僕にはよく分かりませんね。どっちも素晴らしい会社だと思いますし、二人の弟のことは兄として誇りに思いますよ。どっちが勝ってもおかしくはないんじゃないでしょうか。うちの会社ですか? そうですね。仰るとおり、うちの会社はアイディアが豊富なことで良い評価を得られています。でも実は表に出ていないだけで、没になったアイディアが沢山あるんです。沢山のアイディアを生み出す秘訣? まあ、口では何とでも言えますし、秘訣なんて大それたものでもないのですが、アイディアを生み出すにはアイディアを捨てることが必要なんじゃないかって思います。プラモデルを作るのが好きか、完成品を眺めるのが好きかの違いですね。僕は前者なんです」

 オオカミさんのインタビュー記事から数年が経ちました。世界的な不況が長引き、どこの会社も疲弊を隠せません。技術力のRENGAも、営業力のMOKUZAIも、どちらも物が売れない状態に陥っていました。最先端技術の商品が出ても、安値更新の商品が出ても、そもそも消費者に買い換えようという意欲が生まれてこないのです。そんな中、WARAは斬新なアイディアで世界的なヒット商品を生み出し、一人勝ちの状態となっていました。数年前には全く予想もつかなかったことです。WARAは既存の技術を組み合わせ、なおかつ人々の「面白い!」という気持ちを揺さぶりました。市場を制したというより、新たな市場を生み出したという方が近い。WARAがやったことは、そういう評価の下されることでした。

 オオカミさんは久しぶりにWARAの社長にインタビューに行きました。今度はWARAの成功の秘訣を聞くためです。社長室で出迎えた長男豚はあいも変わらずラフなスタイルでした。オオカミさんの質問に彼はこう答えました。

 「成功の秘訣なんて分からないよ。だって僕はもうそのアイディアを捨てたんだから」

 

(投稿者:入江祥太郎)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。