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夏休みの自由研究【一次選考通過作品】

夏休みの自由研究【一次選考通過作品】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 「夏休みどっか行くのぉ?」一真と慎司は学校の帰り道、そんな話をしながらいつもの駄菓子屋で60円のアイスを頬張っていた。この二人が通う高校はそこそこ有名な進学校で、夏休みとなるとクラスのほとんどが塾の講習やなんやらで忙しくなる。慎司はアイスの棒の当たりクジを確認しながら、「最後の夏休みやし何かしたいなぁ」と駄菓子屋にたまってきた小学生を眺めていた。一真もハズレの棒でエサを運ぶ蟻の列を乱しながら、「おもろいことしたいなぁ」と呟いた。

 この二人は実は双子で、学校では優等生で通っており、国立大への進学を期待されていた。全国模試では必ず10位以内には入り、クラスメイトからは「どんな勉強法をしているのか」とよく質問されたものであった。双子の特異体質的なものなのか、一真が体感したことを慎司の記憶に蓄積され、また、逆もそうで、仮に慎司が間違った解釈をすると一真の記憶にはそれが蓄積される。しかし、すでに正しい形で蓄積されていた場合は、お互い違和感としてそれが表面化され、二人が議論し合って修正し、記憶し直される。

 二人が通う駄菓子屋は、二人の父親が子どもの頃、毎日のように通った駄菓子屋で、二人の通学路からは少し遠回りとなるが、おそらく父親の記憶が遺伝子レベルで知らず知らずのうちに二人にそうさせていたのかもしれない。最近になって父親から「あそこのおばあちゃんによく説教されたもんだ」という話を聞かされた。父親が子どもの頃通っていた店なので、そこのおばあちゃんは推定90歳以上だろうか、「そろそろこの店もしまいやなぁ」という独り言を時々耳にした。

 二人は特にこれといったこともない夏休みを過ごしていた。テレビのニュースで終戦の特番なんかを見ながら、二人はスイカを食べてそのまま口の中に溜めた種の数をお互い言い当てっこするといった日課とも、訓練ともいえるゲームをしていた。そこに父親が帰ってきて、「駄菓子屋のおばあちゃん亡くなったんだってなぁ」と聞かされた。夏休みに入ってすぐ体調を崩し、入院してすぐのことだったらしい。二人の「駄菓子屋に行く」という体験は、高校生活の中でも数少ない楽しい体験の一つであった。その体験が出来なくなるということは、二人にとっては記憶をデスクトップから保存フォルダに移してしまうようなものであった。

 翌朝、二人は夏休みに入って一番の早起きをし、朝食も食べずに駄菓子屋へ向かった。自転車で五分、なぜかこの日は空を飛んでいるような心地で、一切の雑音も耳には入らなかった。駄菓子屋の前に着き、隣の母屋ではすでに今晩の通夜の準備が始まっていた。しばらく眺めていると、ジリジリという日差しに対抗して、じわりじわりと汗が滲み出る。ここでいつもの流れだとひと時の涼を体感するためにアイスを頬張っている。しかし、店先のアイスボックスは少し錆びた部分のある銀色の年季の入った鉄板がかぶさったままである。「そうだ、もうあの体験は出来ないんだ」二人そろって心の中で呟いた。そう感じた瞬間、急にうるさいセミの鳴き声が辺り中に響いていることに気付いた。

 夏休みの自由研究・・・。皆さんも体験したことであろう、夏休みの宿題の中で一番手ごわい怪物だ。高校生にもなったら貯金箱というわけにもいかない。自分たち双子には特殊な能力が備わってるのに、こういう時には何の役にも立たない。「慎司、何かいい案浮かんだか」、「浮かんでへんから一真も浮かんでへんのやろ」。お互い分かりきっているがこんなやり取りが続く。「そういえば、駄菓子屋のおもちゃってどうするんかなぁ」。お菓子は町内の地蔵盆で子どもたちに配られることになっているが、おもちゃの行く先は聞いていない。いつもは、「こんな古いおもちゃ誰が買うねん」と思っていたが、心のデスクトップにぽっかりと穴が開いた今、とても懐かしい。「僕たちはあのおもちゃを眺めていたという記憶しかないが、あのおもちゃで遊んできた大人もいるはず。おもちゃを使って、昔の体験を思い出してもらいたい。そして、町内のみんなにおばあちゃんのことを保存フォルダにしまわずにいて欲しい」。二人はおばあちゃんの息子さんたちに頼み込み、地蔵盆でバザーをさせてもらうことにした。バナナのたたき売りでもなく、哀愁漂わせるわけでもなく、子どもの目をした大人たちは自然とおもちゃを手に取っていた。

 あれから20年経った203Ⅹ年、一真と慎司はあるビジネスを始めていた。「他人の体験を売る」というビジネスである。しかし、他人の体験といっても、この双子のように、「実際には体験していないことが、あたかも体験したように記憶に残る」といったものではなく、「デスクトップから保存フォルダに移された体験を、あるきっかけをもとにしてデスクトップに戻す」という、自分の体験を新鮮なものに加工して体感してもらうというものである。ただ、保存フォルダの記憶は、遺伝子レベルでの呼び起こしが可能なので、遠い先祖の体験までも体感できるので、「他人の体験」と言っても嘘ではない。

 人は皆、どこかに憩いの場がないかさまよっている。それが、昔の懐かしさが残る場所なのか、好きな物に囲まれた場所なのか。この時代、「生きている」という実感を持てないという人は多い。はるか遠くに眠る「過去の体験」に触れたとき、ようやく「生きている」という実感を得られるのだろうか。学校や社会と距離を置き、「体験」することに臆病になってしまった人たちは、恐れることなく多くのことを体験してほしい。その体験が楽しいものなのか苦しいものなのか体験せずにはわからないし、その体験こそが今と未来との「絆」なのだから。

 

(投稿者:はにゃとと)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。