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絆創膏【一次選考通過作】
「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局通信
絆創膏【一次選考通過作】
ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。
開発された新製品は、小さな絆創膏のような形をしていた。
もともとは脈拍や血圧等のバイタル情報を自動計測するために開発されたものだったが、測定データを統計的に分析するうちに、驚くべき性能を発揮できることがわかったのだ。
「この絆創膏を巻くと、その人の感情の状態を知ることができるんです。やる気が出ずふさぎこんでいる状態から、やる気に満ち溢れている状態まで、7段階で示すことができます。」
開発責任者は誇らしげに語った。
新製品は確かに革新的なものであった。
しかし、その使い道については、なかなか良い案が見つからなかった。
「医療分野で、患者の精神状態を図ることで治療に役立てるのでは」
「テストマーケティングに活用して、被験者の本当の感情を測定できるのでは」
「教育分野で、教師の能力を測定するのに使えるのでは」
もっともらしいアイデアはいくつも出るのだが、業界レベルでニーズを想定することができても、具体的に展開する段階で、さまざまな問題が指摘された。
特に、個人のプライバシーを尊重する観点から様々なリスクが想定された。
個人の感情という非常にセンシティブな「機微情報」を測定して、他人が知ることができるということに対して、嫌悪感を持つ人が多いと思われた。
また、倫理的、道徳的な観点から、社会的な批判を受ける可能性も指摘された。
残念ながら、この製品はお蔵入りになってしまった。
開発責任者は、非常に落胆した面持ちをしていた。
***
ところが、ひょんなところからこの製品の使い道が見つかった。
ある大企業の人事部長が、この製品に強い興味を示したのだ。
この企業では、社員の労働時間が長い一方で業績が伸び悩んでおり、上司が部下を叱咤しても、生産性が一向に上がらない状況が続いていた。
社員の士気も下がり、離職率も年々高まっていた。
そこで、勤務時間中の社員にこの製品を身につけてもらい、改善点を探りたいというのだ。
社員のプライバシーに対しては、十分な配慮が行われた。
個人の感情を示すデータは匿名化し、課単位での平均値のみを把握できるようにした。
また、感情データの状況を知ることができるのは、社長や人事部長等のごく一部の人のみとした。
社員へは、事前に丁寧な説明を行った。
とりわけ、この施策が会社全体の改善を目的としたものであって、これ以外の目的でデータを利用しないことを強調した。
実際にこの施策を始めてみると、様々な場所で変化が起きはじめた。
今まで部下をあごで使っていた上司は、部下が身に着けている絆創膏を気にするようになった。
部下の感情状態は、本人は知ることもできないし、上司も知ることはできない。
ただ、自分の課の平均の「感情」が、社長等には伝わっているのだ。
自然と、部下に対する言動はソフトになり、叱咤するよりも、具体的な指導や助言をすることが増えていった。
会議の時間も短くなっていった。
今までの会議では、できの悪い報告に対して罵声を浴びせる時間が少なくなかったが、そのようなやり方では、報告者のみならず参加者全体の「感情」が低下してしまう。
できの悪い報告に対しては、改善の方向性を指摘した上で、フォローをする人を指名して具体的な改善を任せることが良い、との雰囲気が作られていった。
社員の勤務時間も短くなった。
解決困難な仕事を振られることが少なくなり、周囲からのフォローも受けられるようになった。
会議出席と、そのための資料作成に追われていた社員の仕事量が減った。
さらに、業務量自体が減ったことに加えて、上司が部下の残業を気にするようになった。
オーバーワークな部下に対して、支援や負荷分散のための相談をするようになった。
会社の業績には、残念ながら目立った向上は見られなかった。
しかし、労働時間が減っているにもかかわらず、売上が減ることはなかったので、生産性は向上しているといえる。
そして、社員の笑顔が増え、雰囲気が以前と比べて少しよくなった気がする。
これは、社員それぞれが実感できることであった。
絆創膏による施策の目的は、組織の問題を探して改善することであったが、絆創膏を貼ること自体によって、すでに組織の問題が解決されているようであった。
***
成果を聞きつけた別の会社の人が、この人事部長に、話を聞かせてほしいとやってきた。
「御社では、すごい成果を上げているようですね。うちの会社でも導入してみたいと考えているんですが。」
「確かに、思惑どおりに事が進みました。絆創膏を開発してくれた会社には、感謝しています。」
「ところで、実際に集まったデータは、どんな感じになるんですか。課毎に大きな差が開いたりするものでしょうか。時間帯や曜日等での傾向があったりするんでしょうか。」
「はは。それは、かなり企業秘密ですね。うちの社員に対しても、ほとんど情報を公開していないですしね。」
「なるほど。そりゃそうですね。非公開ですものね。でも、会社間でデータを比較するのも有意義かもしれませんね。うちで導入してみたときには、こっそり情報を提供しますよ、お互いに情報交換しませんか。」
「うーん。では、大事なことを1つだけお教えしますね。あなた限りにしてください。社員に配っている絆創膏は、実はただの絆創膏なんです。」
「え・・・。」
「プライバシーの問題をクリアするのが難しかったのもありますが。何より、全社員に配るとなると、費用面でも大変でして。絆創膏の開発会社と相談した結果、ダミーの絆創膏を作るという結論に至ったんです。それでも、十分に目的を達することができると思いまして。
いや、実際、期待以上でしたよ。」
「なるほど。でも、いつか社員に知られてしまうのでは?」
「いつか、そのときが来るでしょうね。でも、そのときには、社員に絆創膏の存在意義を自問してもらえばいいかなと思います。あれですよ。結婚指輪と同じようなもので。家庭を幸せにするための日常的なシンボルが結婚指輪でしょ。絆創膏も、シンボルでいいんだと思ってます。」
(投稿者:万草稿)
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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。